結び目のアレクサンダー多項式は、ある状態和として得られることを
以前のblogでやりました.
この不変量は結び目のある状態の足し合わせとして得られていました.
しかし、この不変量はある行列の行列式としての解釈もあります.
行列式としてのアレクサンダー多項式
ちなみに、以下のように、状態和としての不変量であるアレクサンダー多項式が
何かの行列式になっているという事実は、カウフマンをして「ミラクル」だと言っています.
これから、アレクサンダーコンウェイ多項式(正確にいえば、$z=W-B$ を代入する前の式)
はある行列の行列式の展開式だということを例を使って説明します.
ちなみに前回紹介したのはアレクサンダー-コンウェイ多項式と言いましたが、
アレクサンダー多項式とアレクサンダー-コンウェイ多項式は下に示すように変数を
取り換えただけですから本質的には同じものです.
以下の構成はカウフマン(Kauffman)の以下の著書(1)もしくは論文(2)にそのまま
載っています.
どのような行列かというと....
結び目の図式の各交点において、その4ツ角に
のような式をおきます.
このとき、この点において、
$$xA-xB+C-D=0$$
なる関係式をおきます。
このような交点の周りのラベリングをアレクサンダーラベリングといいます.
上を通るアークの方向が付いていませんが、どちらに向かっていてもラベリングの付け方は
かわりません.
そうすると、各交点の数が列数 $n$ 、領域の数が行数 $n+2$ となる $n\times (n+2)$ 行列
$M$ を作ることができます.
例えば、三葉結び目の場合、アレクサンダーラベリングは、領域を
図のように $A,B,C,D,E$ として、表示しておけば、
となります.この交点に従って作られた3つの関係式からくる行列 $M$ は
$$M=\begin{pmatrix}x&-1&0&-x&1\\x&-x&-1&0&1\\x&0&-x&-1&1\end{pmatrix}$$
となります.さらに、隣り合う領域をひと組、例えば、$A,D$ としておきます.
この選び方は、blogで行ったものと同じですが、実際、どこの隣り合った領域でも
構いません.そして、その領域に関係する縦ベクトルを除いてやって
得られる$n\times n$ 行列を $M[A,D]$ としておけば、
$$M[A,D]=\begin{pmatrix}-1&0&1\\-x&-1&1\\0&-x&1\end{pmatrix}$$
となります.つまり、行列 $M[A,D]$ は、$B,C,E$ からなる列つまり、$2,3,5$列目だけから
なる正方行列です.
こうして、この行列の行列式を計算することで、
$$\det(M[A,D])=1-x+x^2$$
が得られます.
この式は実は、アレクサンダー-コンウェイ多項式を計算する前の式 $\langle K\rangle$
つまり、$WB=1$ かつ $z=W-B$ とする前の式において、
$W=x^{\frac12}$, $B=x^{-\frac12}$ としてえられる $x$ のローラン多項式と、
全体に $\pm x^m$ をかけることを除いて等しくなります.
($m$ は何かの整数.)
つまり、$\langle K\rangle=W^2-WB+B^2=x-1+x^{-1}$ ですが、
この式は、$x-1+x^{-1}=x(1-x+x^2)$ となっています.
他のを計算してみると、 $\det(M[A,B])=1-x+x^2$ や $\det(M[D,E])=x-x^2+x^3$
$\det(M[A,C])=-1+x-x^2$ となり、$\pm x^m$ をかけてやれば、みな、$x-1+x^{-1}$ と
等しくなります.
この、$\pm x^m$ をかけることを除いて $1-x+x^2$ と一致することを
$$\det(M[A,D])\doteq 1-x+x^2$$
と書きます.
そうしてでてきた $x$ の多項式をアレクサンダー多項式と言います.
アレクサンダー多項式の指数は $x^m$ を掛ければどんどん変わっていってしまうので、
対称化しておいて、$x^{-1}-1+x$ と書くこともあります.
ちなみに、アレクサンダー多項式の性質として、必ず、上のように対称になります.
つまり、$\pm x^m$ を掛けてやることで必ず、
$$a_kx^k+a_{k-1}x^{k-1}+\cdots+a_{k-1}x^{-k+1}+a_kx^{-k}$$
の形に置くことができます.
アレクサンダー多項式は結び目のイソトピー不変量になります.
状態和不変量がどうして行列式で書けたのか?
この不変量の各項は意味があります.
三葉結び目の状態は3つであったことを思い出しましょう.
つまり、もう一度振り返りますと、
$$M[A,D]=\begin{pmatrix}-1&0&1\\-x&-1&1\\0&-x&1\end{pmatrix}$$
となっています.この行列式がどうしてアレクサンダー多項式と一致するのでしょうか.
$M[A,D]=(a_{ij})$ としておき、この行列を行列式の定義に基づいて考えます.
つまり、残った、$B,C,E$ を順に $1,2,3$ とし、
交点のうち左上のものを 1 として時計回りに $1, 2, 3$ としています.
ところで、行列式は定義式で書いておけば、
$$\det=\sum_{\sigma\in S_n}sgn(\sigma)a_{1\sigma(1)}a_{2\sigma(2)}\cdots a_{n\sigma(n)}$$
となっています.
ここで $sgn$ は置換 $\sigma$ の符号数です.
結び目の図式のある状態とは、
$$\tau:\{\text{交点全体}\}\to \{\text{●のない領域全体\}}$$
であり、それぞれは、同数ずつあり、(例えば上のように $\{1,2,3\}$ と同一視しましたが)
状態の条件(各領域には▲は一つだけおく)はこの $\tau$ が一対一写像であることを
意味します.
つまり、この行列の各項は、結び目の図式のある状態と一致すること
とりわけ今の場合は $S_3$ の元との一致があります.
に対応しています.次にそれぞれの項を見ていきます.
それぞれの項はどうなっているのか.
前回の $S_1,S_2,S_3$ のそれぞれの ▲ があった場所にだけ
アレクサンダーラべリングを置きます.
は状態
に対応し、
$$a_{11}a_{32}a_{23}=(-1)\cdot 1\cdot (-x)$$
は状態
に対応し、
$$a_{13}a_{21}a_{32}=1\cdot (-x)\cdot (-x)$$
は状態
に対応しています.
さらに、状態 $S$ に対して $\sigma(S)$ ですが、これは状態が $B$ を指している数の偶奇、
今の場合は、ちょうど$-x$ に当たるのが $B$ (もちろんいつもそうなっているわけではない)
ですから、指している角が $B$ となる数が奇数であるのは、2つ目の
状態であるときのみであり、このとき $\sigma(S)=-1$ となり、それ以外は $\sigma(S)=1$ です.
そのとき、
$$\sigma(S)=sgn(\tau)$$
がきれいに成り立っているのです.
もちろん、この関係式は証明が必要です.
状態和を行列式で書くこと.
状態和の不変量を考えるとき、
その量をある行列の行列式で書くということは、他の場面でもよく現れます.
今の例では、「状態全体」を「結び目の図式のなす交点と領域の間の一対一対応全体」
と読み替えた時、その状態にそって考えられた量は何かの行列の行列式として
書けていることが期待されます.
もちろん、符号の問題もありますからミラクルが起こるかどうかは
その時次第かもしれません.
「ある状態が、何かの一対一対応写像と一致するものとします.
さらに、その状態の量がその一対一写像に付随して決まり、その状態和がある不変量を
与えているとすると、その値は何かの行列の行列式としてまとめることができる.」
ことを意味し、
「何かの不変量が行列式で与えられるとすると、その各項は、ある状態全体の和とした不変量
として解釈することができる」
も意味するでしょう.
前者の方の見方の方が、状態和不変量が行列式としてまとまって、
きれいな公式が作れそうですが、
後者の方の見方には実は深みがあります.
つまり、なんとなく定義した行列式不変量の展開項一つ一つには何か幾何学的な
意味が潜んでいるかもしれないということを示唆しているからです.
実際、アレクサンダー多項式の展開式の項はある状態を表しますが、
これは単なる項ではなく、さらに結び目のフレアホモロジーというものの生成元としての意味が
れっきとしてあったのです.(参考文献(3)をみよ.)
このフレアホモロジーというのはさらに、サイバーグウィッテン不変量など、
現代を代表する、物理学のある理論から出てくる不変量と同型の理論であることがわかっています.
参考文献
以前のblogでやりました.
この不変量は結び目のある状態の足し合わせとして得られていました.
しかし、この不変量はある行列の行列式としての解釈もあります.
行列式としてのアレクサンダー多項式
ちなみに、以下のように、状態和としての不変量であるアレクサンダー多項式が
何かの行列式になっているという事実は、カウフマンをして「ミラクル」だと言っています.
これから、アレクサンダーコンウェイ多項式(正確にいえば、$z=W-B$ を代入する前の式)
はある行列の行列式の展開式だということを例を使って説明します.
ちなみに前回紹介したのはアレクサンダー-コンウェイ多項式と言いましたが、
アレクサンダー多項式とアレクサンダー-コンウェイ多項式は下に示すように変数を
取り換えただけですから本質的には同じものです.
以下の構成はカウフマン(Kauffman)の以下の著書(1)もしくは論文(2)にそのまま
載っています.
どのような行列かというと....
結び目の図式の各交点において、その4ツ角に
のような式をおきます.
このとき、この点において、
$$xA-xB+C-D=0$$
なる関係式をおきます。
このような交点の周りのラベリングをアレクサンダーラベリングといいます.
上を通るアークの方向が付いていませんが、どちらに向かっていてもラベリングの付け方は
かわりません.
そうすると、各交点の数が列数 $n$ 、領域の数が行数 $n+2$ となる $n\times (n+2)$ 行列
$M$ を作ることができます.
例えば、三葉結び目の場合、アレクサンダーラベリングは、領域を
図のように $A,B,C,D,E$ として、表示しておけば、
となります.この交点に従って作られた3つの関係式からくる行列 $M$ は
$$M=\begin{pmatrix}x&-1&0&-x&1\\x&-x&-1&0&1\\x&0&-x&-1&1\end{pmatrix}$$
となります.さらに、隣り合う領域をひと組、例えば、$A,D$ としておきます.
この選び方は、blogで行ったものと同じですが、実際、どこの隣り合った領域でも
構いません.そして、その領域に関係する縦ベクトルを除いてやって
得られる$n\times n$ 行列を $M[A,D]$ としておけば、
$$M[A,D]=\begin{pmatrix}-1&0&1\\-x&-1&1\\0&-x&1\end{pmatrix}$$
となります.つまり、行列 $M[A,D]$ は、$B,C,E$ からなる列つまり、$2,3,5$列目だけから
なる正方行列です.
こうして、この行列の行列式を計算することで、
$$\det(M[A,D])=1-x+x^2$$
が得られます.
この式は実は、アレクサンダー-コンウェイ多項式を計算する前の式 $\langle K\rangle$
つまり、$WB=1$ かつ $z=W-B$ とする前の式において、
$W=x^{\frac12}$, $B=x^{-\frac12}$ としてえられる $x$ のローラン多項式と、
全体に $\pm x^m$ をかけることを除いて等しくなります.
($m$ は何かの整数.)
つまり、$\langle K\rangle=W^2-WB+B^2=x-1+x^{-1}$ ですが、
この式は、$x-1+x^{-1}=x(1-x+x^2)$ となっています.
他のを計算してみると、 $\det(M[A,B])=1-x+x^2$ や $\det(M[D,E])=x-x^2+x^3$
$\det(M[A,C])=-1+x-x^2$ となり、$\pm x^m$ をかけてやれば、みな、$x-1+x^{-1}$ と
等しくなります.
この、$\pm x^m$ をかけることを除いて $1-x+x^2$ と一致することを
$$\det(M[A,D])\doteq 1-x+x^2$$
と書きます.
そうしてでてきた $x$ の多項式をアレクサンダー多項式と言います.
アレクサンダー多項式の指数は $x^m$ を掛ければどんどん変わっていってしまうので、
対称化しておいて、$x^{-1}-1+x$ と書くこともあります.
ちなみに、アレクサンダー多項式の性質として、必ず、上のように対称になります.
つまり、$\pm x^m$ を掛けてやることで必ず、
$$a_kx^k+a_{k-1}x^{k-1}+\cdots+a_{k-1}x^{-k+1}+a_kx^{-k}$$
の形に置くことができます.
アレクサンダー多項式は結び目のイソトピー不変量になります.
状態和不変量がどうして行列式で書けたのか?
この不変量の各項は意味があります.
三葉結び目の状態は3つであったことを思い出しましょう.
つまり、もう一度振り返りますと、
$$M[A,D]=\begin{pmatrix}-1&0&1\\-x&-1&1\\0&-x&1\end{pmatrix}$$
となっています.この行列式がどうしてアレクサンダー多項式と一致するのでしょうか.
$M[A,D]=(a_{ij})$ としておき、この行列を行列式の定義に基づいて考えます.
つまり、残った、$B,C,E$ を順に $1,2,3$ とし、
交点のうち左上のものを 1 として時計回りに $1, 2, 3$ としています.
ところで、行列式は定義式で書いておけば、
$$\det=\sum_{\sigma\in S_n}sgn(\sigma)a_{1\sigma(1)}a_{2\sigma(2)}\cdots a_{n\sigma(n)}$$
となっています.
ここで $sgn$ は置換 $\sigma$ の符号数です.
結び目の図式のある状態とは、
$$\tau:\{\text{交点全体}\}\to \{\text{●のない領域全体\}}$$
であり、それぞれは、同数ずつあり、(例えば上のように $\{1,2,3\}$ と同一視しましたが)
状態の条件(各領域には▲は一つだけおく)はこの $\tau$ が一対一写像であることを
意味します.
とりわけ今の場合は $S_3$ の元との一致があります.
上の行列で、係数が $0$ でない項を見ると、
$$a_{11}a_{22}a_{33}-a_{11}a_{32}a_{23}+a_{13}a_{21}a_{32}$$
となります.それぞれの状態では、置換
$$\begin{pmatrix}1&2&3\\1&2&3\end{pmatrix}, \begin{pmatrix}1&2&3\\1&3&2\end{pmatrix}, \begin{pmatrix}1&2&3\\3&1&2\end{pmatrix}$$に対応しています.次にそれぞれの項を見ていきます.
それぞれの項はどうなっているのか.
前回の $S_1,S_2,S_3$ のそれぞれの ▲ があった場所にだけ
アレクサンダーラべリングを置きます.
対角成分の積は、
$$a_{11}a_{22}a_{33}=(-1)\cdot (-1)\cdot 1$$は状態
に対応し、
$$a_{11}a_{32}a_{23}=(-1)\cdot 1\cdot (-x)$$
は状態
に対応し、
$$a_{13}a_{21}a_{32}=1\cdot (-x)\cdot (-x)$$
は状態
に対応しています.
さらに、状態 $S$ に対して $\sigma(S)$ ですが、これは状態が $B$ を指している数の偶奇、
今の場合は、ちょうど$-x$ に当たるのが $B$ (もちろんいつもそうなっているわけではない)
ですから、指している角が $B$ となる数が奇数であるのは、2つ目の
状態であるときのみであり、このとき $\sigma(S)=-1$ となり、それ以外は $\sigma(S)=1$ です.
そのとき、
$$\sigma(S)=sgn(\tau)$$
がきれいに成り立っているのです.
もちろん、この関係式は証明が必要です.
状態和を行列式で書くこと.
状態和の不変量を考えるとき、
その量をある行列の行列式で書くということは、他の場面でもよく現れます.
今の例では、「状態全体」を「結び目の図式のなす交点と領域の間の一対一対応全体」
と読み替えた時、その状態にそって考えられた量は何かの行列の行列式として
書けていることが期待されます.
もちろん、符号の問題もありますからミラクルが起こるかどうかは
その時次第かもしれません.
「ある状態が、何かの一対一対応写像と一致するものとします.
さらに、その状態の量がその一対一写像に付随して決まり、その状態和がある不変量を
与えているとすると、その値は何かの行列の行列式としてまとめることができる.」
ことを意味し、
「何かの不変量が行列式で与えられるとすると、その各項は、ある状態全体の和とした不変量
として解釈することができる」
も意味するでしょう.
前者の方の見方の方が、状態和不変量が行列式としてまとまって、
きれいな公式が作れそうですが、
後者の方の見方には実は深みがあります.
つまり、なんとなく定義した行列式不変量の展開項一つ一つには何か幾何学的な
意味が潜んでいるかもしれないということを示唆しているからです.
実際、アレクサンダー多項式の展開式の項はある状態を表しますが、
これは単なる項ではなく、さらに結び目のフレアホモロジーというものの生成元としての意味が
れっきとしてあったのです.(参考文献(3)をみよ.)
このフレアホモロジーというのはさらに、サイバーグウィッテン不変量など、
現代を代表する、物理学のある理論から出てくる不変量と同型の理論であることがわかっています.
参考文献
- Kauffman, Louis H. Formal knot theory. Mathematical Notes, 30. Princeton University Press, Princeton, NJ, 1983. ii+168 pp. ISBN: 0-691-08336-3
- Kauffman, Louis H. Remarks on Formal Knot Theory, arXiv:math/0605622v1
- 丹下基生 ヒーゴールフレアホモロジー-Heegaard Floer homology, 数理科学47(通号556)2009年10月48-53