2020年5月28日木曜日

数学リテラシー1(第8回)

[場所:manaba上(土曜日12:00〜)]


第6回では、直交行列によって対角化できる行列は
対称行列であることを証明しましたが、
その逆が成り立つことを今回は示します。

つまり、

定理
実対称行列は固有値は実数であり、
さらに、ある直交行列によって対角化できる。

です。
今回も、$(2,2)$ 行列しか扱いません。

まず、最初の主張は、$\begin{pmatrix}a&b\\b&c\end{pmatrix}$
の固有多項式を求めると、
$t^2-(a+d)t+ad-b^2$ となり、
この判別式を求めると、
$D=(a+d)^2-4(ad-b^2)=(a-d)^2+4b^2$ となり
この値は正の数または0です。
よって、固有多項式は、2つの実数を解に持つということになります。
(重解を含む。)
もし、重解をもつとすると、$a=d$ かつ $b=0$ であるから、
そのような行列は、スカラー行列 $aE$ ということになります。
ここで、$a$ はある実数で、$aE$ は行列 $\begin{pmatrix}a&0\\0&a\end{pmatrix}$
のことです。

実対称行列の実固有値は $\lambda_1,\lambda_2$ の2つ存在します。
ただし、$\lambda_1=\lambda_2$ の場合も存在します。
そのうちの一つの固有値を $\lambda_1$ とします。
その固有ベクトルは存在し、${\bf v}_1$ とします。
ここで、${\bf v}_1$ は長さが1であるとしておきます。

このとき、$A{\bf v}_1=\lambda_1{\bf v}_1$ となります。
また、${\bf v}_1$ に直交するベクトルを ${\bf v}_2$ とします。
${\bf v}_2$ も長さが1のベクトルであるとしておきます。

このとき、${\bf v}_1,{\bf v}_2$ は、正規直交基底とよばれ、それを
並べてできる $(2,2)$ 行列 $R=({\bf v}_1{\bf v}_2)$ は
直交行列になります。つまり、$^tRR=E$ を満たします。

(ここで注意として、固有ベクトルを取るときには、
長さを1にしたり、直交ベクトルを取る必要はありません。
この話では、直交行列によって行列を対角化するために
このような操作をしています。)

このとき、

$A{\bf v}_2=p{\bf v}_1+q{\bf v}_2$ のように、${\bf v}_1$ と ${\bf v}_2$ の
一次結合で表されます。ここで、$p,q$ は、何か実数です。

そうすると、$A({\bf v}_1{\bf v}_2)=({\bf v}_1{\bf v}_2)\begin{pmatrix}\lambda_1&p\\0&q\end{pmatrix}$
のようにあらわされます。

よって、


このとき、$R=({\bf v}_1{\bf v}_2)$ とすると、
$AR=R\begin{pmatrix}\lambda_1&p\\0&q\end{pmatrix}=RS$

とします。
このとき、$A=RSR^{-1}$ となり、
$A$ が対称行列であることから、全体に転置行列を取ることによって、
$A={}^tA={}^t(RSR^{-1})=R{}^tSR^{-1}$
となり、$AR=R{}^tS=RS$
ですから、$R$ を左からかけて、$S={}^tS$ となります。
つまり、$S$ は対称行列にならなければならないから、$p=0$ ということです。
つまり、$A{\bf v}_2=q{\bf v}_2$ であることから、
${\bf v}_2$ は固有ベクトルであり、$q=\lambda_1$ であるなら
${\bf v}_2$ は$\lambda_1$ の固有ベクトルであり、
$q\neq \lambda_2$ であるなら、${\bf v}_2$ は相異なる固有値を
もち、${\bf v}_2$ はその固有ベクトルということになります。

ゆえに、実対称行列 $A$ は、直交行列 $R$ を用いて、
$R^{-1}AR$ を対角行列にすることができます。

例1
$A=\begin{pmatrix}1&-3\\-3&1\end{pmatrix}$ とすると、
$A$ は実対称行列であることから、直交行列によって対角化されます。

固有値を計算すると、$-2,4$ であり、
それぞれのこゆうベクトルを求めます。
$-2E-A=\begin{pmatrix}-3&3\\3&-3\end{pmatrix}$
ですから、連立一次方程式 $(-2E-A){\bf x}={\bf 0}$ の解として、
$\begin{pmatrix}1\\1\end{pmatrix}$
を選べます。
また、
$4E-A=\begin{pmatrix}3&3\\3&3\end{pmatrix}$
ですから、連立一次方程式 $(4E-A){\bf x}={\bf 0}$ の解として
$\begin{pmatrix}1\\-1\end{pmatrix}$
を選べます。
このとき、$\tilde{{\bf v}}_1=\begin{pmatrix}1\\1\end{pmatrix}$ とし、
$\tilde{\bf v}_2=\begin{pmatrix}1\\-1\end{pmatrix}$ とすると、
それらは直交していますね。
さらにそれから直交行列を作る場合、長さでわって
${\bf v}_1=\frac{1}{\sqrt{2}}\begin{pmatrix}1\\1\end{pmatrix}$
${\bf v}_2=\frac{1}{\sqrt{2}}\begin{pmatrix}1\\-1\end{pmatrix}$
とすることで、直交行列 $P=({\bf v}_1{\bf v}_2)$ を得る。


例2
ここで、簡単な例で、実対称行列で対角化可能だが、
直交行列でなくても対角化できることを見てみます。
$A$ として単位行列 $E$ を考えれば、
任意の逆行列をもつ行列 $P$ に対して、$P^{-1}AP=E$ ですから
対角化ができています。一般に、逆行列をもつ $P$ といっても
直交行列とは限りません。

次の例をみましょう。

例3

$\begin{pmatrix}3&-1\\2&0\end{pmatrix}$
この行列は、実対称行列ではないので、直交行列によって対角化はできませんが、
対角化は可能です。
この固有値は、$1,2$ であり、それぞれの固有ベクトルは、
$E-A=\begin{pmatrix}-2&1\\-2&1\end{pmatrix}$ ですから、
連立方程式
$(E-A){\bf v}={\bf 0}$ の解として、
${\bf v}_1=\begin{pmatrix}1\\2\end{pmatrix}$が選べます。

また、
$2E-A=\begin{pmatrix}-1&1\\-2&2\end{pmatrix}$ ですから、
連立一次方程式 $(2E-A){\bf x}={\bf 0}$ の解として、
${\bf v}_2=\begin{pmatrix}1\\1\end{pmatrix}$ をとることができる。

たしかに${\bf v}_1$ と ${\bf v}_2$ は直交しません。
この行列 $A$ は、 $P=\begin{pmatrix}1&1\\2&1\end{pmatrix}$ によって
対角化することはできます。

例4
次に、連立漸化式から数列の一般項を出す方法を考えます。

$$x_1=3,y_1=1$$
$$\begin{cases}x_{n+1}=4x_n+10y_n\\y_{n+1}=-3x_n-7y_n\end{cases}$$
このとき、この漸化式を以下のように行列を用いて考えることができます。
$$\begin{pmatrix}x_{n+1}\\y_{n+1}\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}4&10\\-3&-7\end{pmatrix}\begin{pmatrix}x_n\\y_y\end{pmatrix}$$
ここにでてきた $(2,2)$ 行列を $A=\begin{pmatrix}4&10\\-3&-7\end{pmatrix}$
とすると、この式を $\begin{pmatrix}x_{n+1}\\y_{n+1}\end{pmatrix}=A\begin{pmatrix}x_n\\y_n\end{pmatrix}$ とすることができて、この式を繰り返し使うことで、
$$\begin{pmatrix}x_n\\y_n\end{pmatrix}=A^{n-1}\begin{pmatrix}x_1\\y_1\end{pmatrix}$$
をえることができます。

ここで、$A^n$ の求め方は、前回やりましたから、ここで応用できますね。
実際、この行列の固有値は、$-1,-2$ ですから、
固有ベクトルを求めると、
$-E-A=\begin{pmatrix}-5&-10\\3&6\end{pmatrix}$
となりますから、この固有ベクトルは、$\begin{pmatrix}2\\-1\end{pmatrix}$
であり、
$-2E-A=\begin{pmatrix}-6&-10\\3&5\end{pmatrix}$
となりますから、この固有ベクトルは、$\begin{pmatrix}5\\-3\end{pmatrix}$
となります。
よって、$P=\begin{pmatrix}2&5\\-1&-3\end{pmatrix}$ とすると、
$P^{-1}AP=\begin{pmatrix}-1&0\\0&-2\end{pmatrix}$ となり、
$$A^n=P\begin{pmatrix}(-1)^n&0\\0&(-2)^n\end{pmatrix}P^{-1}=\begin{pmatrix}6(-1)^n-5(-2)^n&10(-1)^n+5(-2)^{n+1}\\3(-1)^{n+1}+3(-2)^n&5(-1)^{n+1}-3(-2)^{n+1}\end{pmatrix}$$
となります。
よって、
$$\begin{pmatrix}x_n\\y_n\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}6(-1)^{n-1}-5(-2)^{n-1}&10(-1)^{n-1}+5(-2)^{n}\\3(-1)^{n}+3(-2)^{n-1}&5(-1)^{n}-3(-2)^{n}\end{pmatrix}\begin{pmatrix}3\\1\end{pmatrix}$$
$$=\begin{pmatrix}28(-1)^{n-1}-25(-2)^{n-1}\\14(-1)^n+15(-2)^{n-1}\end{pmatrix}$$
のように求めることができます。


まとめと対角化可能性について
実対称行列であることは、
行列が対角化可能であるための十分条件を
与えます。(さらに、直交行列によっても対角化できますが...)
他に、対角化可能であるためのわかりやすい条件として、
固有値が $n$ 個ある(今の場合、$2$個ある場合です。

つまり、$(2,2)$ 行列の固有値がちょうど2個ある場合、対角化可能です。
どうしてかというと、固有値に対して必ず、固有ベクトルが存在するので、
この場合、2個の固有ベクトルが存在します。
もちろんそれらは平行ではありません。もし平行なら、同じ固有値を持つはずです。

よって、固有ベクトルで作られる行列 $P$ は逆行列をもち、
$P^{-1}AP$ は対角行列になるからです。

よって、$(2,2)$ 行列で対角化されるかどうかわからないのは、固有多項式が重解をもつ場合、つまり、固有多項式が $(t-\lambda)^2$ の形にかける場合ということになります。

もちろん固有多項式が重解だからといって、行列が対角化可能である場合も存在します。
極端な例として単位行列 $E$ を考えてみてください。
この行列の行列式は、$(t-1)^2$ です。
ですから、固有多項式だけみて、最終的に対角化可能であるかどかわかるのは、
それが重解をもたない場合のみです。

しかし、$(2,2)$ 行列で、固有多項式が重解をもち、対角化可能である場合は、
その行列がスカラー行列である場合に限られます。
ですので、
この場合、対角化可能ではない場合というのは、固有多項式が重解をもち、
スカラー行列ではない場合ということになります。
例えば、
$\begin{pmatrix}1&1\\0&1\end{pmatrix}$ は対角化可能ではありません。
3次以上の正方行列の場合はもう少し複雑です。

2020年5月27日水曜日

数学リテラシー1(第7回)

[場所:manaba上(水曜日12:00〜)]


今回は固有値、固有ベクトル、行列の対角化、行列の $n$ 乗についての内容でした。

固有値・固有ベクトル

固有値と固有ベクトルについてまとめておきます。

固有値と固有ベクトルというのは次のように定義されます。

${\bf v}$固有ベクトルであるというのは、行列 $A$ を左からかけたもの $A{\bf v}$
が ${\bf v}$ の定数倍になっているような
ゼロではないベクトルのことを言います。

つまり、ある数 $\lambda$ を使って、
$A{\bf v}=\lambda{\bf v}$ をみたす(ゼロではない)ベクトルのことです。
ここで、$\lambda$ はある複素数になります。
行列 $A$ が実数であっても、固有値が複素数になることはあります。

この $\lambda$ のことを $A$ の固有値といいます。

また固有ベクトルはかならず零ベクトルではないということに注意をしてください。

もし零ベクトル を許すと、任意の複素数も固有値になってしまいます。
$A{\bf 0}=\lambda{\bf 0}$ の関係式は任意の複素数$\lambda$ が満たすからです。

このとき行列$A$に対して固有ベクトルは以下の方程式を満たすことわかります。
$A{\bf v}=\lambda{\bf v}\Leftrightarrow (\lambda E-A){\bf v}={\bf 0}$

つまり $\lambda E-A$ という行列は 逆行列を持たないということになります。

なぜならば もし逆行列を持てば、$(\lambda E-A){\bf v}={\bf 0}$ という関係式に
$\lambda E-A$ の逆行列を左からかけることで ${\bf v}={\bf 0}$という式が出てしまい、
${\bf v}\neq {\bf 0}$ であることに矛盾するからです。

よってわかったことは、$\lambda E-A$  という行列が逆行列をもたないこと、
同値なことに、

$\lambda E-A$ の行列式が零であるということ です。

つまり、行列 $A$の固有値$\lambda$ は、$\det(t E-A)=0$ を満たす解ということになります。

この式 $\det(t E-A)=0$ は多項式です。この多項式のことを固有多項式といいます。
$A$ が $n$ 次正方行列であるなら、$\det(t E-A)$ は、$n$ 次固有多項式です。

$A=\begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix}$
のときに、固有多項式を求めてみると、
$$\det(tE-A)=\det\begin{pmatrix}t-a&-b\\-c&t-d\end{pmatrix}$$
$$=(t-a)(t-d)-bc=t^2-(a+d)t+ad-bc$$
$$=t^2-\text{tr}(A)t+\det(A)$$
となります。

この多項式の根を、$\lambda_1,\lambda_2$ とします。
$a,b,c,d$ が実数、つまり $A$ が実行列であるとすると、
  • 2つの異なる実数解の場合、
  • 2つの異なる複素解の場合、
  • 重解
の3パターンあります。

では次の行列
$$A=\begin{pmatrix}0&-1\\2&3\end{pmatrix}$$
の固有ベクトルを考えましょう

まずこの行列の固有値を求めましょう。
最初に固有ベクトルを求めようとしてはいけません。 

そのために固有多項式を求めます。
$\text{tr}(A)=3$, $\text{det}(A)=2$
ですから、$t^2-3t+2$ です。

固有値は 固有多項式の根のですから この二次方程式を解いて、
固有値は全部で、$1,2$ の2つあります。

まず、
固有値が $1$ の場合の 固有ベクトル求めましょう。
このとき、$tE-A=E-A\begin{pmatrix}1&1\\-2&-2\end{pmatrix}$ 

固有ベクトルは 次のような 連立方程式の解です。
$\begin{pmatrix}1&1\\-2&-2\end{pmatrix}\begin{pmatrix}x\\y\end{pmatrix}={\bf 0}$
この連立方程式は、$x+y=0$と同じですから、この方程式を

として、$c$ を任意の実数として、
$\begin{pmatrix}x\\y\end{pmatrix}=c\begin{pmatrix}1\\-1\end{pmatrix}$
とします。 ここで、固有ベクトルは
${\bf v}_1=\begin{pmatrix}1\\-1\end{pmatrix}$
なります 。

ここで、固有ベクトルは ゼロでないベクトルであれば何でもいいです。

というのも、ある固有値 に対する固有ベクトルというのは定数倍をしても

その固有値の固有ベクトルですから、本来その方向しか決まりません。
ですので、固有ベクトルを与えるときは 連立方程式 を満たす。
適当なゼロではないベクトルを選ぶことになります

同様に固有値が $2$ の場合の 固有ベクトル求めましょう。 
そのとき、固有ベクトルが満たす連立方程式は
$(2E-A)\begin{pmatrix}x\\y\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}2&1\\-2&-1\end{pmatrix}\begin{pmatrix}x\\y\end{pmatrix}={\bf 0}$
であるから、
ゼロではないベクトル求めると

${\bf v}_2=\begin{pmatrix}-1\\2\end{pmatrix}$
となります。この場合も、連立方程式を満たすゼロではないベクトルを選びました。


行列の対角化
ここでは、行列の対角化について考えます。

行列の対角化というのは 行列 $A$ に対して 行列 $P$ とその逆行列 $P^{-1}$
を挟むことによって行列を対角行列にするということです。
つまり、$P^{-1}AP$ を対角行列にするのです。

ここで先ほどの例を考えます。行列 $P$ として
固有ベクトルを並べたものを考えましょう。
つまり、$P=({\bf v}_1{\bf v}_2)=\begin{pmatrix}1&-1\\-1&2\end{pmatrix}$ です。

このとき、$AP=A({\bf v}_1{\bf v}_2)=(A{\bf v}_1A{\bf v}_2)$
となります。
最後の行列は、$AP=({\bf v}_12{\bf v}_2)=\begin{pmatrix}1&0\\0&2\end{pmatrix}({\bf v}_1{\bf v}_2)=\begin{pmatrix}1&0\\0&2\end{pmatrix}P$
となります。
よって、$P$ の逆行列 $P^{-1}$ を左からかけることで、
$$P^{-1}AP=\begin{pmatrix}2&0\\0&1\end{pmatrix}$$
となるので、このとき、$A$ は $P$ によって対角行列にすることができたことになります。
つまり、$P=\begin{pmatrix}1&-1\\-1&2\end{pmatrix}$ とするとき、
$P^{-1}AP=\begin{pmatrix}1&0\\0&2\end{pmatrix}$ となります。
固有ベクトルの順番を入れ替えて、$Q=\begin{pmatrix}-1&1\\2&-1\end{pmatrix}$
としてやると、
$Q^{-1}AQ=\begin{pmatrix}2&0\\0&1\end{pmatrix}$ が得られます。
また、固有ベクトルを定数倍してやってやっても、対角化する行列($P$のこと)
は違うものになるかもしれませんが、最終的な対角行列は同じものになります。
ここで、対角化したときの対角行列は、固有値を対角成分に並べた行列になります。

この計算は、この時だけうまくいったわけではなく、一般の行列 $A$ に対しても
固有ベクトルを並べてできる行列 $P$ とその逆行列 $P^{-1}$ を持ってくると
対角成分に固有値を並べた対角行列を求めることがわかります。

ただし、対角化できるためには条件があって、
固有ベクトルを並べて正方行列を作らなければならないということです。
つまり、固有ベクトルが $n$ 個、この場合は、2個存在しないといけません。

しかし、固有ベクトルは、定数倍をしても固有ベクトルですから、
正確に言えば、固有ベクトルとして、一次独立な $n$ 個のベクトルを取る必要があります。
そして、一次独立な固有ベクトルが $n$ 個(今は2個)とることができれば、
$AP=PD$ となります。ここで、$D$ は対角行列です。

今、$P$ 一次独立な $n$ 個のベクトル(今は2個のベクトル)から成っていたので、
行列式がゼロではない、つまり、$P$ は逆行列を持つことになります。
よって、行列 $A$ は
$P^{-1}AP=D$ のように対角化することができます。

行列の$n$ 乗

行列の対角化を利用して 行列の $n$ 乗を計算しましょう。

正方行列 $A$ に対して、その $n$ 乗を求めてみます。
$A^n$ は $A$ を $n$ 回かけて得られる行列ですが、対角化を求めることができます。

$A$ は行列 $P=\begin{pmatrix}1&-1\\-1&2\end{pmatrix}$ とおくことで、
$P^{-1}AP=\begin{pmatrix}1&0\\0&2\end{pmatrix}$ となります。
ここで、$A^n$ をする代わりに、この行列の $n$ 乗を考えます。

そうすると、$P^{-1}AP$ の $n$ 乗は、
$(P^{-1}AP)^n=P^{-1}APP^{-1}AP\cdots P^{-1}AP=P^{-1}A^nP$ となり、
$A^n$ が出現しました。
一方、対角行列の $n$乗は、$\begin{pmatrix}1^n&0\\0&2^n\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}1&0\\0&2^n\end{pmatrix}$
となりますから、再び対角行列です。

よって、$P^{-1}A^nP=\begin{pmatrix}1&0\\0&2^n\end{pmatrix}$
となります、これはちょうど、$A^n$の対角化をしていることになります。

この式から、両側から $P$ と $P^{-1}$ で挟むことで、
$$A^n=P\begin{pmatrix}1&0\\0&2^n\end{pmatrix}P^{-1}$$
$$=\begin{pmatrix}1&-1\\-1&2\end{pmatrix}\begin{pmatrix}1&0\\0&2^n\end{pmatrix}\begin{pmatrix}2&1\\1&1\end{pmatrix}$$
$$=\begin{pmatrix}2-2^n&1-2^n\\-2+2^{n+1}&-1+2^n\end{pmatrix}$$

となります。これが、$A^n$ の一般公式ということになります。

このように行列の $n$ 乗を求めるのに、
まず、行列を対角化 $P^{-1}AP=D$ をしておきます。
この対角行列 $D$ には、その対角成分に固有値が並びます。
この行列の $n$ 乗を求めることで、
$P^{-1}A^nP=D^n$
を得ることができます。$D^n$ は再び対角行列になっています。

(このことから、すぐわかることは、$A$ が対角化できるのなら、$A^n$ も対角化を
することができます。対角化をいつすることができるのかについては、上の
行列の対角化の部分の最後を見てください。)

この式に $P$ と $P^{-1}$ を両側からかけることによって、
$A^n=PD^nP^{-1}$ を計算することができます。
この式行列 $A$ の $n$ 乗の公式ということになります。

このように、固有値は、行列の $n$ 乗を計算するのに大変役に立っている
ということになります。

2020年5月25日月曜日

数学リテラシー1(第6回)

[場所:manaba上(火曜日12:00〜)]


まずは正射影が表す線形変換について考えます。

正射影とその表す行列
まず次の問題を解いてみましょう。

問題
平面上の正射影の表す線形写像を行列 $A$ をもって表示せよ。


まず、平面上の正射影というのは次のような写像
$f:{\mathbb R}^2\to {\mathbb R}^2$ のことです

まず平面上の直線 $L$ を用意します 。

平面上に点 ${\bf x}$ を取ります。この点 ${\bf x}$ から 直線 $L$ への垂線を考え,
その垂線と $L$ の交わったところ (つまり垂線の足)を $f({\bf x})$ とするのです。

正射影というのは、ある直線へのベクトルの影を求める操作ということになります。
この場合、直線 $L$ は原点を通る場合のみであることに注意しましょう。
(一般に正射影といった場合、原点を通るとは限りません。)

今、2通りのやり方で行列 $A$ を求めてみます。


(1つ目のやり方)

1つ目の設定は正射影が何らかの方法で線形写像であることが分かったします。

その仮定の下で解いてみます


まず直線 $L$ を $y=ax$ として与えておきます。 
線形写像というのは行列の左から積で表されていたことは前回やりました。

また、行列 $A$ は標準基底(基本ベクトル)と像となるベクトルを並べた行列でした。

平面上の標準基底というのは、
${\bf e}_1=\begin{pmatrix}1\\0\end{pmatrix}$, ${\bf e}_2=\begin{pmatrix}0\\1\end{pmatrix}$
でした。
つまり、$f({\bf e}_i)={\bf a}_i$ ($i=1,2$) としたとき、
$({\bf a}_1{\bf a}_2)$ が求める行列 $A$ ということになります。

あとは、$f({\bf e}_1)$ と $f({\bf e}_2)$ を求めればよいのですが、
それをここでは三角比を用いて求めてみます。 

ここで、$y=ax$ の傾きは正の数であるとします。
$f({\bf e}_1)$ の像は、ベクトル $\vec{OA}$ なのですが、

その $x$ 座標は、$OH$ ですが 、長さ $OA$ は、$a=\tan\theta$ としたときの、

$\cos\theta$ に対応するから、$\cos $ を $\tan$ で表す式

$\cos\theta=\frac{1}{\sqrt{1+\tan^2\theta}}$ を用いて、$OA=\frac{1}{\sqrt{1+a^2}}$ となります。

また $\sin$ の方を求めておけば、

$\sin\theta=\tan\theta\cos\theta=\frac{a}{\sqrt{1+a^2}}$ となります。
ここで、平方根はプラスの方向を取っている。つまり、
$\cos$ のうち、正の方を取っていますが、それは、
$a>0$ であることを暗に仮定しているからで、 $a<0$ であるときは、
$\cos\theta=-\frac{1}{\sqrt{1+\tan^2\theta}}$ となります。


話を元に戻します。
これにより、$OH=OA\cos\theta=\frac{1}{1+a^2}$ となります。
また、$f({\bf e}_1)$ の $y$ 座標は、$AH$ ですから、
$AH=OA\sin\theta=\frac{a}{1+a^2}$ となり、
$f({\bf e}_1)=\begin{pmatrix}\frac{1}{1+a^2}\\\frac{a}{1+a^2}\end{pmatrix}$
となります。

同様に、$f({\bf e}_2)$ を求めてみると、
まず、$f({\bf e}_2)$ の $x$ 座標は、ちょうど $AH$ ですから、$\frac{a}{1+a^2}$ 
と一致します。
$y$ 座標は、$OB-OH$ ですから、$1-\frac{1}{1+a^2}=\frac{a^2}{1+a^2}$ 
となります。

ゆえに、$f({\bf e}_2)=\begin{pmatrix}\frac{a}{1+a^2}\\\frac{a^2}{1+a^2}\end{pmatrix}$
となります。 

この2つのベクトル $f({\bf e}_1)$ と $f({\bf e}_2)$ を並べることで得られる行列
$$\begin{pmatrix}\frac{1}{1+a^2}&\frac{a}{1+a^2}\\\frac{a}{1+a^2}&\frac{a^2}{1+a^2}\end{pmatrix}$$
は求める行列ということになります。
$a=\tan\theta$ を用いると、この行列は、
$$\begin{pmatrix}\cos^2\theta&\cos\theta\sin\theta\\\cos\theta\sin\theta&\sin^2\theta\end{pmatrix}$$
となります。

(2つ目)

正射影が線形変換であるということを 用いないで  $A$ を計算してみます。  
しかし この計算途中で正射影は線形変換であるということがわかります

正射影というのを3つ基本的な写像の合成だと考えます。
3つの写像は順番に、 $-\theta$ 回転、 $x$ 軸への射影、$\theta$ 回転です。
この写像の合成は正射影を実現しています。



この分解は 前回の鏡映を3つの行列の積で変えたことに少し似ていますね。
回転はわかりますが、 $x$ 軸への正射影は、

$f(\begin{pmatrix}x\\y\end{pmatrix})=\begin{pmatrix}x\\0\end{pmatrix}$
で、線形変換を行列を用いて
 $f(\begin{pmatrix}x\\y\end{pmatrix})=\begin{pmatrix}1&0\\0&0\end{pmatrix}\begin{pmatrix}x\\y\end{pmatrix}$ とあらわすことができるので、
$x$ 軸への正射影は線形変換であることがわかります。

よって、この3つはそれぞれ線形変換ですから その合成も線形変換になります。

これにより正射影変換は線形変換であるということがわかりました 


この行列の積を求めると以下のようになります。
$$\begin{pmatrix}\cos\theta&-\sin\theta\\\sin\theta&\cos\theta\end{pmatrix}\begin{pmatrix}1&0\\0&0\end{pmatrix} \begin{pmatrix}\cos\theta&\sin\theta\\-\sin\theta&\cos\theta\end{pmatrix}$$
$$=\begin{pmatrix}\cos^2\theta&\cos\theta\sin\theta\\\cos\theta\sin\theta&\sin^2\theta\end{pmatrix}$$
となり、確かに上の計算と合いました。



直交行列によって対角化できる行列
これまで ある線形変換 $A$ をある直交行列 $R$ を用いて 

$$RAR^{-1}$$
のように 得られる線形変換について考えていました。
$A$ に当たる行列は、簡単な行列、例えば、$\begin{pmatrix}1&0\\0&-1\end{pmatrix}$
や、$\begin{pmatrix}1&0\\0&0\end{pmatrix}$ など、対角行列(対角成分以外はすべて $0$ )
のような行列を考えていました。

一般に、対角行列 $A$ は、$\begin{pmatrix}\lambda_1&0\\0&\lambda_2\end{pmatrix}$
とすることができますが、
このような $A$  に対して、$RAR^{-1}$ はどのような性質を持つのでしょうか?


$RAR^{-1}$ の転置行列を取ってみます。
ここで、$^t(XY)=^tY^tX$ となることに注意しましょう。
そうすると、$^t(RR^{-1})=^t(R^{-1})^tR=E$ ですから、
$^t(R^{-1})=(^tR)^{-1}$ となります。
つまり、逆行列を取る操作と転置行列を取る操作はどちらをさきに行っても同じということです。
そういうわけで、$(^tR)^{-1}$ や $^t(R^{-1})$ も区別はなく、$^tR^{-1}$ と書いても
差支えないということになります。

また、$R$ が直交行列であるとすれば、$R^{-1}=^tR$ ですから、
$^tR^{-1}=R$ ということにもなります。
そうすると、

$$^t(RAR^{-1})=^t(RA^tR)=R^t(RA)=R^tA^tR=RAR^{-1}$$
となります。途中、行列 $A$ が対角行列であるから、$^tA=A$ であることを用いました。

このことからわかることは、$X=RAR^{-1}$ という行列は、
$^tX=X$ であることです。

このように、転置行列を施すと、もとの行列に戻る行列を対称行列といいます。

たしかに、さっき求めた行列は、$(1,2)$ 成分と $(2,1)$ 成分は一致していましたね。
先週の鏡映変換も、$(1,2)$ 成分と $(2,1)$ 成分はどちらも $\sin2\theta$ でした。

まとめると、対角行列 $A$ に対して、直交行列 $R$ を用いて
$RAR^{-1}$ を求めると、対称行列になるということがわかりました。

実は、この逆も成り立ちます。

定理
任意の対称行列は、ある直交行列 $R$ と対角行列 $A$ を用いて、
$RAR^{-1}$ と書き表される。

この定理は次回以降どこかで現れます。


行列式は符号付面積であること

これは行列式っていうのは、ある意味、符号付面積であると 言うことを考えたいと思います。

ここで符号付面積というのは平面上の2つのベクトル ${\bf a}_1$ と ${\bf a}_2$
によって作られるようなで平行四辺形の符号付面積という意味です

この2つが一致するということをここで見て行きます

$A$ を $2\times 2$ 行列であるとし、その行列を縦ベクトルとして
$A=({\bf a}_1{\bf a}_2)$ としてあらわされるとします。
このとき、
${\bf a}_1=\begin{pmatrix}r_1\cos\theta_1\\r_1\sin\theta_1\end{pmatrix}$
${\bf a}_2=\begin{pmatrix}r_2\cos\theta_2\\r_2\sin\theta_2\end{pmatrix}$
のようにあらわしたとします。ここで、平面上の極座標表示を用いました。
ここで、${\bf a}_1$ と ${\bf a}_2$ のうちどちらかが0ベクトルであるとすると、
行列式はゼロなり、そのとき、符号付面積は0になりますので
この2つは一致しているということになります。

では、どちらもゼロベクトルではないときを考えます。そのとき、
$\det({\bf a}_1{\bf a}_2)=r_1r_2(\cos\theta_1\sin\theta_2-\cos\theta_2\sin\theta_1)=r_1r_2\sin(\theta_2-\theta_1)$
となります。

ここで、$r_2|\sin(\theta_2-\theta_1)|$ は、${\bf a}_2 $を ${\bf a}_1$ に垂線を
おろしたときにできる平行四辺形の高さになります。
つまり、このとき、$\det(A)$ は、${\bf a}_1$ を底辺とする高さ $r_2|\sin(\theta_2-\theta_1)|$
となる、${\bf a}_1$ と ${\bf a}_2$ によって作られる平行四辺形の面積ということになります。

また、符号付面積というのはどういうことかというと、$\sin(\theta_2-\theta_1)$
が負の数になることも考慮する必要があるということに対応します。
つまり、$0<\theta_2-\theta_1<\pi$のときは、その値は正の数になりますが、
$\pi<\theta_2-\theta_1<2\pi$ となると、負の数になります。
つまり、ベクトル ${\bf a}_1$ と ${\bf a}_2$ がこの順番に角度が180度より小さく
なるのなら、面積は正の数であり、${\bf a}_2$ と ${\bf a}_1$ の順に角度が180度
より小さくなる時、面積は負の数になります。
ということは、行列式が0になるのは、2つのベクトルが0度をなすとき、もしくは
180度をなすときということになります。
つまり、それは、いいかえれば、2つのベクトルが
ちょうど平行になっているときです。


行列式がゼロでないとき
上で行列式がゼロでないとき、
2つのベクトルは平行ではないということを意味していました。

ここで、ベクトル ${\bf a}_1$ と ${\bf a}_2 $が一次独立であるということを
実数 $c_1,c_2$ が $c_1{\bf a}_1+c_2{\bf a}_2={\bf 0}$ を満たすとき、$c_1=c_2=0$ である
と定義します。
一次独立でないことを一次従属といいます。

ベクトル ${\bf a}_1$ と ${\bf a}_2$ が一次独立であることと、
それらのベクトルが平行であることは同値です。

もし、${\bf a}_1$ と ${\bf a}_2 $ が平行とすると、${\bf a}_1=k{\bf a}_2$
もしくは、${\bf a}_2=k{\bf a}_1$ を満たす実数$k$ が存在することと同値です。
また、ベクトル${\bf a}_1$ と ${\bf a}_2$ が一次従属であるとすると、
$c_1{\bf a}_1+c_2{\bf a}_2={\bf 0}$ となる $(c_1,c_2)\neq (0,0)$が
存在することと同値ですが、$c_1\neq 0$ であるとすると、 $c_1$ で割ることで、
${\bf a}_1=k{\bf a}_2$ の形になります。
同じように、 $c_2\neq 0 $であるときは、${\bf a}_2=k{\bf a}_1$ が成り立ちます。

よって、ベクトル ${\bf a}_1$ と ${\bf a}_2$ が一次従属であるということは、
それらが、平行であるということと同値となります。
言いかえれば、ベクトルと一次が独立であることと、
2つのベクトル${\bf a}_1$ と ${\bf a}_2$
が平行ではないことが同値であることがわかります。
まとめますと、以下のようになります。
$\det(A)\neq 0$ であることは、2つのベクトル${\bf a}_1$ と ${\bf a}_2$ が
平行ではないとき、つまり、${\bf a}_1$ と ${\bf a}_2$ が一次独立であるときを意味します。
また、第4回でもやったように、行列式 $\det(A)$ が0ではないということは、
行列$A$ に逆行列が存在することと同値になります。
よって、以下が同値であるということになります。
  • 行列 $A$ が逆行列をもつ
  • $\det(A)\neq 0$ である。
  • $A=({\bf a}_1{\bf a}_2)$ としたとき、${\bf a}_1$ と ${\bf a}_2$ は一次独立である。
  • ${\bf a}_1$ と ${\bf a}_2$ は平行ではない。
また、この否定をとると、
  • 行列 $A$ が逆行列を持たない
  • $\det(A)=0$ である。
  • $A=({\bf a}_1{\bf a}_2)$ としたとき、${\bf a}_1$ と ${\bf a}_2$ は一次従属である。
  • ${\bf a}_1$ と ${\bf a}_2$ は平行である。

ということになります。

2020年5月19日火曜日

数学リテラシー1(第5回)

[場所:manaba上(水曜日12:00〜)]

数学リテラシー1のHP

前回は行列の一般論を行いました。

今回からを用いて、一次変換(線形変換)の扱い方を学びます。
$(2,2)$ 行列に一次変換の本質が詰まっています。

ですので、$(2,2)$ 行列をプロトタイプとし、その後一般のサイズの一次変換に出あった
ときにも同じように扱えるようにしたいと思います。

前回で重要だったことは、
線形写像 $f:{\mathbb R}^n\to {\mathbb R}^m$
(任意のベクトル${\bf x},{\bf y}$ と任意の実数 $\lambda$ に対して、
$f({\bf x}+{\bf y})=f({\bf x})+f({\bf y})$ かつ $f(\lambda {\bf x})=\lambda f({\bf x})$ が成り立つ写像のこと)

は、必ずある行列 $(m,n)$ 行列を用いて、
$f({\bf x})=A{\bf x}$ としてあらわされるということでした。


(2,2) 行列による一次変換
線形写像が $f:{\mathbb R}^2\to {\mathbb R}^2$ の場合には、ある $(2,2)$ 行列を用いて
$f({\bf x})=A\cdot {\bf x}$ としてあらわされることになります。
この行列 $A$ はどのようにして計算できるか考えてみましょう。

ベクトル ${\bf x}=\begin{pmatrix}x_1\\x_2\end{pmatrix}$ は、
${\bf e}_1=\begin{pmatrix}1\\0\end{pmatrix}$,
${\bf e}_2=\begin{pmatrix}0\\1\end{pmatrix}$
を用いて、

${\bf x}=x_1{\bf e}_1+x_2{\bf e}_2$
のように書くことができます。
このとき、$f$ の線形性から、

$f({\bf x})=f(x_1{\bf e}_1+x_2{\bf e}_2)=x_1f({\bf e}_1)+x_2f({\bf e}_2)$
のようになり、$f({\bf e}_1)={\bf a}_1$ かつ $f({\bf e}_2)={\bf a}_2$
のように置きます。ここで、${\bf a}_1$ と ${\bf a}_2$ は
2次元のユークリッド空間のベクトルです。

そうすると、$f({\bf x})$ は、$x_1{\bf a}_1+x_2{\bf a}_2=({\bf a}_1{\bf a}_2)\begin{pmatrix}x_1\\x_2\end{pmatrix}$

となり、$A=({\bf a}_1{\bf a}_2)$ とすれば、
$$f({\bf x})=A{\bf x}$$
ということになります。つまり、線形写像 $f$ に対して求めようと思っていた
左からかける行列 $A$ は、$({\bf a}_1{\bf a}_2)$ と計算できることになります。

この行列 $A$ は、2つの縦ベクトル ${\bf a}_1$ と ${\bf a}_2$ を並べてできる
$(2,2)$ 行列です。

もともと、${\bf a}_1$ と ${\bf a}_2$ が何だったかというと、
${\bf e}_1$ と ${\bf e}_2$ の $f$ による行先でした。

$A$ を求めたければ、この2つの単位ベクトル
${\bf e}_1$ と ${\bf e}_2$ の像を並べてできる行列を求めればよいことになります。
ベクトル  ${\bf e}_1, {\bf e}_2$ のことを、2次元の標準ベクトル(基底)といいます。

$x$ 方向と $y$ 方向への変倍の定数倍、回転、鏡映
例3.2.1
平面上、 $x$ 方向に $\lambda_1$ 倍し、
$y$ 方向に $\lambda_2$ 倍するような線形写像は、
$$\begin{pmatrix}1\\0\end{pmatrix}\mapsto\begin{pmatrix}\lambda_1\\0\end{pmatrix},\begin{pmatrix}0\\1\end{pmatrix}\mapsto \begin{pmatrix}0\\\lambda_2\end{pmatrix}$$
ですから、
$${\bf e}_1\mapsto \lambda_1{\bf e}_1$$ であり、
$${\bf e}_2\mapsto \lambda_2{\bf e}_2$$
ということですから、$A=({\bf a}_1{\bf a}_2)=\begin{pmatrix}\lambda_1&0\\0&\lambda_2\end{pmatrix}$
となります。


例3.2.2
次は、平面上の原点 $O$ を中心とした回転を考えましょう。
回転運動が一次変換であることは次のようにしてわかります。
$f_\theta$ を原点中心の $\theta$ 回転の写像とします。

このとき、$O$ と ${\bf x}$ と ${\bf y}$ と ${\bf x}+{\bf y}$
は、ある平行四辺形をなします。

このとき、この平行四辺形を原点 $O$ を中心として
一斉に $\theta$ 回転をしたとすると、

平行四辺形の各点は、
$O$ と $f_\theta({\bf x})$, $f_\theta({\bf y})$, $f_\theta({\bf x}+{\bf y})$
に移ります。
平行四辺形は、回転しても平行四辺形ですから、

$f_\theta({\bf x}+{\bf y})=f_\theta({\bf x})+f_{\theta}({\bf y})$ が成り立ちます。
また、${\bf x}$ と ${\bf y}$ が平行で、平行四辺形が作れない場合は、
つぶれた平行四辺形と考えれば同じことが言えます。

また、$\lambda$ を実数として、${\bf x}$ と $\lambda{\bf x}$ は、$\theta$ 回転しても
してもその関係は変わりません。
というのも、回転というのは、長さと角度を変えないからです。
よって、
$$f_\theta(\lambda {\bf x})=\lambda f_\theta({\bf x})$$
となります。

つまり、回転というのは、一次変換ということになります。
$f_\theta$ から定まる $(2,2)$ 行列 $R_\theta$ を求めていきます。

上で求めた方法をとります。
標準基底 ${\bf e}_1$ と ${\bf e}_2$ の像がどうなるかを調べれば
よいことになります。

${\bf e}_1$ の $f_\theta$ による行き先は、$\begin{pmatrix}\cos\theta\\\sin\theta\end{pmatrix}$であり、
${\bf e}_2$ の $f_\theta$ による行き先は、$\begin{pmatrix}-\sin\theta\\\cos\theta\end{pmatrix}$
となります。

${\bf a}_1=f_\theta({\bf e}_1)=\begin{pmatrix}\cos\theta\\\sin\theta\end{pmatrix}$
${\bf a}_2=f_\theta({\bf e}_2)=\begin{pmatrix}-\sin\theta\\\cos\theta\end{pmatrix}$

ですから、$R_\theta$ は、

$$R_\theta=\begin{pmatrix}\cos\theta&-\sin\theta\\\sin\theta&\cos\theta\end{pmatrix}$$
となります。

つまり、$\theta$ 回転を表す行列は
$$f_\theta({\bf x})=\begin{pmatrix}\cos\theta&-\sin\theta\\\sin\theta&\cos\theta\end{pmatrix}{\bf x}$$
となります。


一次変換の合成に対応する、行列は、行列の積となります。
前回やったように、$f_B\circ f_A=f_{BA}$ ですから、
$f_{R_{\theta_2}}\circ f_{R_{\theta_1}}=f_{R_{\theta_1}R_{\theta_2}}$
また、$\theta_1$ 回転をして、$\theta_2$ 回転をしてできる一次変換は
$\theta_1+\theta_2$ 回転した一次変換ですから、
$f_{R_{\theta_2}}\circ f_{R_{\theta_1}}=f_{\theta_1+\theta_2}=f_{R_{\theta_1+\theta_2}}$
となります。
よって、この2つから、
$$R_{\theta_1+\theta_2}=R_{\theta_2}R_{\theta_1}$$
が成り立ちます。
よって、
$$\begin{pmatrix}\cos\theta_2&-\sin\theta_2\\\sin\theta_2&\cos\theta_2\end{pmatrix}\begin{pmatrix}\cos\theta_1&-\sin\theta_1\\\sin\theta_1&\cos\theta_1
\end{pmatrix}=
\begin{pmatrix}\cos(\theta_1+\theta_2)&-\sin(\theta_1+\theta_2)\\\sin(\theta_1+\theta_2)&\cos(\theta_1+\theta_2)
\end{pmatrix}
$$
が成り立ちますが、この式の各成分は、三角関数の加法定理を意味しています。

例3.2.3
直線 $y=(\tan\theta)x $ に沿った鏡映変換を考えましょう。
鏡映変換とは、ある直線による線対称変換を意味します。
この直線 $y=(\tan\theta)x$ による鏡映変換は、

(1) 原点での $-\theta$ 回転、
(2) $x$ 軸による線対称変換、
(3) 原点での $\theta$ 回転

のこの順番による合成になります。

これらは、上の例ですでに見たものばかりです。
$x$ 軸による線対称変換は、$x$ 方向は変わらず (1倍)、$y$ 方向に $-1$ 倍
をする一次変換です。
一次変換の合成も一次変換ですから、
鏡映もやはり一次変換です。

この3つの一次変換を合成することで得られる一次変換を $g_\theta$ とし、
そのときの行列を $S_\theta$ とすると、
$$S_\theta=R_\theta\begin{pmatrix}1&0\\0&-1\end{pmatrix}R_{-\theta}$$
となります。
ここで、かける順番に気を付けましょう。
わからなくなったら、$f_B\circ f_A=f_{BA}$であることと、
一次変換は、左から行列をかけることであったことを思い出しましょう。

よって、$S_\theta$ を実際計算をすると、

$$S_\theta=\begin{pmatrix}\cos 2\theta&\sin2\theta\\\sin2\theta&-\cos2\theta\end{pmatrix}$$
となります。
鏡映変換は、線対称変換ですから、2回同じ変換を行うと
元に戻ります。
これは、
$$g_\theta\circ g_\theta=\text{id}_{{\mathbb R}^2}$$
であることを示せばよいですが、行列の言葉に直せば、

$$S_\theta^2=(R_{-\theta}\begin{pmatrix}1&0\\0&-1\end{pmatrix}R_\theta)^2=R_{-\theta}\begin{pmatrix}1&0\\0&-1\end{pmatrix}R_{\theta}R_{-\theta}\begin{pmatrix}1&0\\0&-1\end{pmatrix}R_{\theta}$$


$$R_{-\theta}\begin{pmatrix}1&0\\0&-1\end{pmatrix}\begin{pmatrix}1&0\\0&-1\end{pmatrix}R_{\theta}=R_{-\theta}R_\theta=E$$
よって、$g_\theta\circ g_\theta=\text{id}_{{\mathbb R}^2}$ が示せました。


これらの行列の可換性
これまで、定数倍($x$方向と$y$方向に変倍する)の変換、
回転、鏡映変換などを考えました。
これらの変換やその合成も一次変換です。

回転による変換同士は可換であることはわかります。
足し算の可換性が成り立つから、

$$R_{\theta_1}R_{\theta_2}=R_{\theta_1+\theta_2}=R_{\theta_2+\theta_1}=R_{\theta_2}R_{\theta_1}$$
となり可換です。

$x$ 方向に $\lambda_1$ 倍、 $y$ 方向に $\lambda_2$ 倍する一次変換を
する行列を $T_{\lambda_1,\lambda_2}$ としますと、
$$T_{\lambda_1,\lambda_2}R_{\theta}=\begin{pmatrix}\lambda_1\cos\theta&-\lambda_1\sin\theta\\\lambda_2\sin\theta&\lambda_2\cos\theta\end{pmatrix}$$
$$R_{\theta}T_{\lambda_1,\lambda_2} =\begin{pmatrix}\lambda_1\cos\theta&-\lambda_2\sin\theta\\\lambda_1\sin\theta&\lambda_2\cos\theta\end{pmatrix}$$

よって、$(2,1)$ 成分を比べることによって、
$T_{\lambda_1,\lambda_2}R_\theta=R_\theta T_{\lambda_1,\lambda_2}$
が成り立つためには、$\lambda_1=\lambda_2$ でなければなりません。
また、$\lambda_1=\lambda_2=\lambda$ であれば、 つまり、$T_{\lambda,\lambda}$ は原点 $O$ を中心とした、$\lambda$ 拡大を表します。

また、$T_{\lambda,\lambda}=\lambda E$ であり、
スカラー倍は $R_{\theta}$ などあらゆる一次変換と可換ですから、
$T_{\lambda,\lambda}$ と $R_{\theta}$ は可換となります。

直交変換
ここで、直交変換を定義し、対応する行列の性質を考察して終わります。
直交変換とは、長さを変えない一次変換ことを言います。
$f$ を直交変換とし、${\bf e}_1$ と ${\bf e}_2$ を上記の標準基底とします。

このとき、${\bf e}_1$ と ${\bf e}_2$ の長さは $1$ ですから、
$f({\bf e}_1)=\begin{pmatrix}a\\b\end{pmatrix}$
$f({\bf e}_2)=\begin{pmatrix}c\\d\end{pmatrix}$ としますと、
$a^2+b^2=1$ かつ $c^2+d^2=1$ が成り立ちます。

また、長さを変えないということは、角度(の絶対値)も変えないということです。
どうしてかというと、

三角形 $OAB$ を考えます。$O$ は原点、$A,B$ はそれ以外の点とします。
そうすると、直交変換は長さを変えないのだから、この三角形 $OAB$
は $OAB$ と合同な三角形 $OA'B'$ に移ります。
ここで、一次変換であることから、原点は原点に移ります。
(なぜなら $O$ の表すベクトルを ${\bf 0}$ とすると
 $f({\bf 0})=f(2{\bf 0})=2f({\bf 0})$より、$f({\bf 0})={\bf 0}$ となるからです。)
よって、角 $AOB$ は $A'OB'$ に移ります。
ただし、三角形 $OAB$ が裏返るかもしれないので、角度の絶対値
は変わりません。

よって、$\begin{pmatrix}a\\b\end{pmatrix}$ と  $\begin{pmatrix}c\\d\end{pmatrix}$
は直交しなければなりません。

つまり、内積は0なので、$ac+bd=0$ となります。
ここで、$R=\begin{pmatrix}a&c\\b&d\end{pmatrix}$ とすると、
$$^tRR=\begin{pmatrix}a^2+b^2&ac+bd\\ac+bd&c^2+d^2\end{pmatrix}$$

が成り立ち、この右辺はちょうど単位行列 $E$ となります。
つまり、直交変換 $f$ の表す行列 $R$ は、$^tRR=E$ となります。

このような行列 $R$ のことを直交行列といいます。

2020年5月16日土曜日

数学リテラシー1(第4回)

[場所:manaba上(水曜日12:00〜)]


前回は行列とその四則演算について行いましたが、
今回は、行列の除法と一次変換について行いました。

行列とは、縦に$m$個、横に$n$個、長方形の形に数を並べて、
さらにカッコで括ったものを考えます。
例えば、

$$\begin{pmatrix}1&-1&3&3\\4&2&-10&2\\3&1&0&-2\end{pmatrix}$$

などです。
行列の加法と減法はその成分ごとに行い、積 $AB$ は、
$A\in M(m,n,{\mathbb R})$ と $B\in M(n,k,{\mathbb R})$ のとき定義されて、

$$AB=(a_{ij})(b_{ij})=(\sum_{p=1}^na_{ip}b_{pj})\in M(m,k,{\mathbb R})$$
のようにして行います。
このように、積は、$A$ の列数と $B$ の行数が一致している場合のみ定義されます。
ここでは、その数($A$ の列数、$B$ の行数)は $n$ です。

行列の定数倍
行列を定数倍するということを前回では書かなかったので、ここで
書いておきます。

$\alpha$ を実数とし、$A$ を $(m,n)$ 行列とします。ここでは、
行列 $A$ を $(a_{ij})$ とします。このとき、$A$ に実数 $\alpha$ をかける
という操作を $\alpha\cdot A$ と書き、$(\alpha\cdot a_{ij})$ と定義します。
これが意味することは、$A$ の $mn$ 個の成分を一斉に$\alpha$ 倍するということです。

$A$ を $mn$ 個の成分を持つベクトルと考えれば、ベクトルを $\alpha$ する
という操作と同じです。
例えば、

$2\cdot\begin{pmatrix}2&-1\\-1&2\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}4&-2\\-2&4\end{pmatrix}$
となります。もちろん、この逆操作で、共通する因子があれば、その数を括り出して
$\begin{pmatrix}4&-2\\-2&4\end{pmatrix}=2\cdot\begin{pmatrix}2&-1\\-1&2\end{pmatrix}$
とすることと同値です。くれぐれも、
$\begin{pmatrix}4&-2\\-2&4\end{pmatrix}=2\cdot\begin{pmatrix}2&-2\\-1&4\end{pmatrix}$
などと、一部の列や行だけ取り出すことは出来ませんので気をつけてください。

この定数倍のことをスカラー倍という言葉で書かれることもあります。

行列の単位元

これまで、行列の四則演算のうち、加減乗まで習ったわけですが、
今回は除法について説明したいと思います。

まず、行列の乗法の単位元 $1$ の役目をもつ行列を考えます。

$$E=\begin{pmatrix}1&0&\cdots &\cdots&0\\0&1&0&\cdots &0\\\vdots&\ddots&\ddots&\ddots&\vdots\\0&\cdots&0&1&0\\0&\cdots &\cdots&0&1\end{pmatrix}$$

としましょう。この行列は、対角成分、つまり、全ての $(i,i)$ 成分が $1$ で、
それ以外の全ての成分で 0 となる行列です。
このような行列を任意の行列 $A$ にかけてみると、$AE=EA=A$ となることがわかります。
行列の単位元は、全ての成分が 1 の行列だと思った人あるかかもしれませんが、
そうではありません。

$2\times 2$行列でやってみます。

$$\begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix}\begin{pmatrix}1&1\\1&1\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}a+b&a+b\\c+d&c+d\end{pmatrix}$$
となり、確かにこの場合、単位元の役割を果たしていませんね。一方、
$$\begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix}\begin{pmatrix}1&0\\0&1\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix}$$
となります。$EA=A$ も同様です。

この行列を乗法の単位元と言います。


逆行列

次に行列における実数の逆数に対応する概念を定義します。

$n\times n$ 行列 $A$ の逆行列とは、
$AB=E$ かつ $BA=E$
を満たす $n\times n$ 行列 $B$ が
存在することとして定義します。

ここで、$AB=E$ となる $B$ を右逆行列、$CA=E$ となる
行列を左逆行列と呼ぶことにします。
$A$ に逆行列が存在することは、右逆行列と左逆行列がともに存在し、
それらが一致するという条件と同値なわけなんですが、

実は、もし、$A$ に対して右逆行列と左逆行列が存在するなら、
右逆行列と左逆行列は一致します。

(証明) $AB=E$ かつ、$CA=E$ となるとします。
このとき、$B=(CA)B=C(AB)=C$ となりますので、両者は一致します。(証明終了)

ここで本質的に用いているのは、積の結合法則です。


また、実は、 $A$ に右逆行列が存在するならば、左逆行列が存在することは
正しいです。
同じように、左逆行列が存在するならば、右逆行列が存在します。
ここではこれらのことのみを言及しますが、証明はしません。
この行列のことを勉強するうちにわかってくると思います。


まとめますと、
正方行列 $A$ に逆行列が存在するとは、
$AB=BA=E$ となる正方行列 $B$ が存在することを意味します。
このような $B$ は $A$ から一意的に定まり、それを、$A^{-1}$ と書きます。

なぜ一意的に定まるかというと、
$AB=BA=E$ となる $B$ として、$B_1,B_2$ が取れたとすると、
$B_1=B_1AB_2=EB_2=B_2$ となるからです。


逆行列を持たない行列の例
一方、正方行列 $A$ が逆行列が存在しない場合もあります。例えば、

$$\begin{pmatrix}0&0\\1&0\end{pmatrix}\begin{pmatrix}1&0\\0&0\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}0&0\\1&0\end{pmatrix}$$
となり、$\begin{pmatrix}0&0\\1&0\end{pmatrix}$ に逆行列 $B$ が存在するとすると、

$B\begin{pmatrix}0&0\\1&0\end{pmatrix}=E$ となり、
$$B\begin{pmatrix}0&0\\1&0\end{pmatrix}\begin{pmatrix}1&0\\0&0\end{pmatrix}=E\begin{pmatrix}1&0\\0&0\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}1&0\\0&0\end{pmatrix}$$
$$B\begin{pmatrix}0&0\\1&0\end{pmatrix}\begin{pmatrix}1&0\\0&0\end{pmatrix}=B\begin{pmatrix}0&0\\1&0\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}1&0\\0&1\end{pmatrix}$$
となり、矛盾します。

また、等式
$\begin{pmatrix}1&0\\0&0\end{pmatrix}\begin{pmatrix}0&0\\1&0\end{pmatrix}=O$
が成り立つこともあり、両方 $O$ ではない行列 $A,B$ をかけて、$O$ になることがある
ということになります。
このようなことは、実数や複素数の時にはなかったことに注意しましょう。

この等式からも、$\begin{pmatrix}1&0\\0&0\end{pmatrix}$ や $\begin{pmatrix}0&0\\1&0\end{pmatrix}$ には逆行列が存在しないことを証明できます。
$A=\begin{pmatrix}1&0\\0&0\end{pmatrix}$ と $B=\begin{pmatrix}0&0\\1&0\end{pmatrix}$
とすると、$AB=O$ が成り立ちますが、
$A$ に逆元が存在するとすると、$CA=E$ となる左逆元が存在し、
$$CAB=O$$
 が成り立ちます。一方、
$$CAB=EB=B$$
にもなります。しかし、明らかに $B\neq O$ ですから、
$A$ に逆行列が存在しないことになります。

$B$ に逆行列が存在しないことも証明できます。

$2\times 2$ 行列の逆行列と行列式

ここでは $2\times 2$ 行列の逆行列を求めてみます。
$A=\begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix}$
とし、$X=\begin{pmatrix}x&\ast\\y&\ast\end{pmatrix}$ とします。
$\ast$ は、何かの実数が入ると思ってください。

もし、$AX=E$ を満たすとすると、
$$\begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix}\begin{pmatrix}x&\ast\\y&\ast\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}ax+by&\ast\\cx+dy&\ast\end{pmatrix}$$
よって、$ax+by=1$ かつ、$cx+dy=0$ を満たします。
この連立一次方程式を加減法によって解きます。
$adx+bdy=d$
$bcx+bdy=0$ 
ですから、
$(ad-bc)x=d$ となります。
よって、$ad-bc\neq 0$ であれば、$x=\frac{d}{ad-bc}$ と
同様に、$x$ を消すことによって、$y=\frac{-c}{ad-bc}$

同様に、$X=\begin{pmatrix}\ast&x\\\ast&y\end{pmatrix}$ として、
$AX=E$ を満たすとします。
同様に
$$\begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix}\begin{pmatrix}\ast&x\\\ast&y\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}\ast&ax+by\\\ast&cx+dy\end{pmatrix}$$
を満たすので、$ax+by=0$ かつ $cx+dy=1$ となります。
これを加減法によって解きます。
$adx+bdy=0$
$bcx+bdy=b$ 
となりますから、$(ad-bc)x=-b$ となります。
よって、$x=\frac{-b}{ad-bc}$ が成り立ち、
$y$  を消すことによって、$y=\frac{a}{ad-bc}$ が成り立ちます。

これにより、共通して、$ad-bc\neq 0$ であるなら、
$$X=\frac{1}{ad-bc}\begin{pmatrix}d&-b\\-c&a\end{pmatrix}$$
が得られます。

よって、$A=\begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix}$ の逆行列
を作るには、まず、$ad-bc$ が $0$ でなければ、
$A$ には逆行列が存在して、
$\tilde{A}=\begin{pmatrix}d&-b\\-c&a\end{pmatrix}$
を作り、$\frac{1}{ad-bc}\tilde{A}$ を計算することで、$A$ の逆行列を計算することが
できます。ここで、$\frac{1}{ad-bc}\tilde{A}$ は、$\tilde{A}$ に
$\frac{1}{ad-bc}$ のスカラー倍をすることです。

本当にこの$\frac{1}{ad-bc}\tilde{A}$ が $A$ の逆行列となるかはご自分で確かめてください。

また、$(2,2)$ 行列 $A$ の $ad-bc$ のことを $\det(A)$ とかいて、
行列式と言います。英語では、determinant(ディターミナント)とも言います。
略して、デットなど言ったりもします。
(逆行列が存在するかどうかの判別をするので判別式とでも
言いたいところですが、判別式というと、もうすでに多項式の重解を持つかどうか
の式として先取されていますので、通常行列式と言います。)
直訳すれば、決定式とも言えますが、日本語ではそれもやはり使われません。

また、$a+d$ も、$(2,2)$ 行列を調べる上で重要なので、この数を
 $(2,2)$ 行列 $A$ のトレースなどと言い、tr$(A)$ などと書きます。

これまでのところでわかったことは、

$$det(A)\neq 0\Rightarrow A\text{ は逆行列が存在する}$$

でした。実は、この逆が成り立ちます。

これは簡単に示すことができます。

ここで、次を示しておく必要があります。

問3.1.6
$A,B\in M(2,{\mathbb R})$ であるとすると、
$$\det(AB)=\det(A)\det(B)$$
が成り立つ。

これは、$A=\begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix}$ や $B=\begin{pmatrix}x&z\\y&w\end{pmatrix}$
を入れて計算することで直接示すことができます。
ここでは省略しておきます。

今、$A$ が逆行列を持つとすると、
$AA^{-1}=E$ となります。
そこで、この等式の両辺に行列式 $\det$ を取ってみると、
$$\det(AA^{-1})=\det(A)\det(A^{-1})=\det(E)=1$$
となりますので、特に、$\det(A)\neq 0$ であることがわかります。
この等式から、$\det(A^{-1})=\frac{1}{\det(A))}$ であることもわかりますね。


$n$ 次元ユークリッド空間
2つの集合 $X,Y$ のペアの空間、
$$X\times Y=\{(x,y)|x\in X,y\in Y\}$$
直積集合と定義します。

${\mathbb R}\times {\mathbb R}$ を ${\mathbb R}^2$ と書く
ことにすれば、これは $\{(x,y)|x,y\in {\mathbb R}\}$ のことですので
平面の集合を表します。

${\mathbb R}\times {\mathbb R}\times {\mathbb R}={\mathbb R}^3$ は、
$\{(x,y,z)|x,y,z\in {\mathbb R}\}$ のことですので、
空間の集合を表します。

次に、$n=4$ の場合はあまり想像ができませんが、
${\mathbb R}^4$ は、$\{(x,y,z,w)|x,y,z,w\in {\mathbb R}\}$ のことであり、4次元空間のことを指します。

これ以上はさらに想像を超えるので、想像することを諦めて、実数が $n$ 個並んだもの
を全て集めた集合として一般に、${\mathbb R}^n={\mathbb R}\times {\mathbb R}\times \cdots\times {\mathbb R}$
として定義することで、
${\mathbb R}^n$ を、$n$ この実数のペアを集めたものを考えます。
つまり、$\{(x_1,x_2,\cdots, x_n)|x_i\in {\mathbb R}\}$ となる集合です。


今、$(x_1,x_2,\cdots, x_n)$ のことを、${\mathbb R}^n$ の元として、縦に
$$\begin{pmatrix}x_1\\x_2\\\vdots\\x_n\end{pmatrix}$$
のように並べて書くことにします。
これは、横に書いていたものと本質的に同じものです。
つまり今は、
$${\mathbb R}^n=\left\{\begin{pmatrix}x_1\\x_2\\\vdots\\x_n\end{pmatrix}|x_i\in {\mathbb R}\right\}$$
となるわけです。

この空間 ${\mathbb R}^n$ を平面ベクトルや空間ベクトルの一般化として考えたいです。
つまり、${\mathbb R}^n$ の元をベクトルと考えたいのです。

そのために、
$${\bf x}=\begin{pmatrix}x_1\\x_2\\\vdots\\x_n\end{pmatrix},{\bf y}=\begin{pmatrix}y_1\\y_2\\\vdots\\y_n\end{pmatrix}\in {\mathbb R}^n$$

に対して、その和を
$${\bf x}+{\bf y}=\begin{pmatrix}x_1+y_1\\x_2+y_2\\\vdots\\x_n+y_n\end{pmatrix}$$
のように定義します。
また、定数倍(スカラー倍)を
$$\alpha\cdot \begin{pmatrix}x_1\\x_2\\\vdots\\x_n\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}\alpha x_1\\\alpha x_2\\\vdots\\\alpha  x_n\end{pmatrix}$$
として定義します。
この和とスカラー倍は、$(n,1)$ 行列としての和とスカラー倍と考えることもできます。

このように、和とスカラー倍が定義された直積集合 ${\mathbb R}^n$ を
$n$ 次元ユークリッド空間といいます。
$n$ 次元数ベクトル空間ともいいます。
このように縦に並んだ形の ${\mathbb R}^n$ の元のことを()ベクトルと言います。

次を定義しましょう。

定義3.1.1
$n$ 次元ユークリッド空間 ${\mathbb R}^n,{\mathbb R}^m$ に
対して、写像 $f:{\mathbb R}^n\to {\mathbb R}^m$ が
以下を満たすとき、$f$ を線形写像と言います。
${\bf x},{\bf y}$ を ${\mathbb R}^n$ の任意のベクトルとし、
$\alpha$ を任意の実数とします。

(1) $f({\bf x})+{\bf y})=f({\bf x})+f({\bf y})$
(2) $f(\alpha \cdot {\bf x})=\alpha\cdot f({\bf x})$


ここで、行列を用いた、線形写像を考えます。
$A\in M(m,n,{\mathbb R})$ とします。

このとき、

${\bf x}\in {\mathbb R}^n$ とすると、
$f_A:{\mathbb R}^n\to {\mathbb R}^m$ を ${\bf x}\mapsto A\cdot {\bf x}$
として定義します。
ここで、$A\cdot {\bf x}$ は、$(m,n)$ 行列と $(n,1)$ 行列の行列の積として
考えてください。
このとき、$A\cdot {\bf x}$ は、$M(m,1,{\mathbb R})$ つまり、${\mathbb R}^m$ となります。


このとき、実は $f_A$ は線形写像となります。
というのも、行列の分配法則を用いて、
$f_A({\bf x}+{\bf y})=A({\bf x}+{\bf y})=A{\bf x}+A{\bf y}=f({\bf x})+f({\bf y})$
また、
$f_A(\alpha\cdot {\bf x})=A(\alpha{\bf x})=\alpha\cdot A{\bf x}=\alpha f({\bf x})$
となります。

このとき、次が成り立ちます。

命題3.1.1
$f:{\mathbb R}^n\to {\mathbb R}^m$ が線形写像であるとすると、
ある $(m,n)$ 行列 $A$ が存在して、$f=f_A$ が成り立つ。

このことの証明は教科書にありますが、
簡単に説明しますと

ベクトル ${\bf e}_i\in {\mathbb R}^n$ をその $i$ 番目が $1$ で、それ以外は $0$ となる
ベクトルとします。このとき、
$$f({\bf e}_i)=\begin{pmatrix}a_{1i}\\\vdots\\a_{ni}\end{pmatrix}$$
とします。そうすると、
$${\bf x}=\begin{pmatrix}x_{1}\\\vdots\\x_{n}\end{pmatrix}=x_1{\bf e}_1+\cdots+x_n{\bf e}_n$$
となり、$f$ の線形性から、
$$f({\bf x})=f(x_1{\bf e}_1+\cdots+x_n{\bf e}_n)=x_1f({\bf e}_1)+\cdots+x_nf({\bf e}_n)$$
$$=\begin{pmatrix}a_{11}&\cdots &a_{1n}\\\cdots&\cdots&\cdots\\a_{n1}&\cdots&a_{nn}\end{pmatrix}\begin{pmatrix}x_1\\\vdots\\x_n\end{pmatrix}$$
$$=A{\bf x}=f_A({\bf x})$$
となります。ここで、$A$ は $A=(a_{ij})$ となる $(m,n)$ 行列となります。(証明終了)

よって、$f$ が線形写像であることと、それがある行列を用いて
 ${\bf x}\mapsto A{\bf x}$ のように書かれることは同値であるということになります。
つまり、それらは全く同じものを考えているということを意味します。


線形写像 $f:{\mathbb R}^n\to {\mathbb R}^m$ と $g:{\mathbb R}^m\to {\mathbb R}^k$
があるときに、合成写像 $g\circ f:{\mathbb R}^n\to {\mathbb R}^k$ が得られます。
$f=f_A$ であり、$g=f_B$ となる行列 $A\in M(m,n,{\mathbb R})$ かつ $B\in M(k,m,{\mathbb R})$
となります。$f$ と $g$ の合成も線形写像になります。(証明してみてください。)
なので、命題3.1.1を用いることで、$f_B\circ f_A$ はある行列 $C\in M(k,n,{\mathbb R})$
が存在して、$f_B\circ f_A=f_{C}$ となります。

${\bf x}\in {\mathbb R}^n$ に対して、
$$f_{B}\circ f_A({\bf x})=f_B(A{\bf x})=B(A{\bf x})=(BA){\bf x}$$
となるので、$f_B\circ f_A=f_{BA}$ となります。
つまり、行列の積は自然に線形写像の合成を意味するのです。

$n=m$ のとき、線形写像 $g:{\mathbb R}^n\to {\mathbb R}^n$ を線形変換もしくは一次変換
といいます。
この時、命題3.1.1を使い、正方行列 $A$ が存在して、
$f({\bf x})=A{\bf x}$ が成り立ちます。
線形変換 $f_A$ と $f_B$ の合成は、$f_B\circ f_A=f_{BA}$ が成り立ちます。

単位行列 $E$ に対して、$f_E=\text{id}_{{\mathbb R}^n}$ が成り立つことに
注意しておきます。

$A$ が逆行列 $A^{-1}$ が存在するとき、
$$f_A\circ f_{A^{-1}}=f_{AA^{-1}}=f_E=\text{id}_{{\mathbb R}^n}$$
$$f_{A^{-1}}\circ f_A=f_{A^{-1}A}=f_E=\text{id}_{{\mathbb R}^n}$$
よって、$f_{A^{-1}}$ は $f_A$ の逆写像となります。
逆写像に関しては、第2回を見てください。

つまり、
次は同値となります。

(i) $f_A$ は逆写像を持つ
(ii) $A$ が逆行列を持つ
(iii) $f_A$ が全単射である。

ちなみに、(i) と(iii)の同値性は、第2回で証明をしました。

2020年5月13日水曜日

数学リテラシー1(第3回)

[場所:manaba上(水曜日12:00〜)]


数学リテラシー3回目です。

今日から行列や一次変換についての説明に入ります。
行列というのは、高校では習わなかった対象だと思います。
(一部の高等学校では教育課程を逸脱して教えているところもあるようですが...)
しかし、行列は大学では線形代数の話でさらっと登場し、
その後の数学の学習にはなくてはならない対象になります。
数学に限らず、科学の基礎の部分でどの分野に進んでも
そのテクニックを使うことになるでしょう。

私が受験生のころは行列も高校までの範囲に入っていましたので
「代数・幾何」という授業のなかで行列や一次変換を
勉強をしたことを鮮明に覚えています。ちょっと変わった代数だなと思っただけで、
その意味まではよくわかっていませんでした。
しかし、大学に入って線形代数を系統的に学び、連立一次方程式を解いたり、
固有値を用いて、いとも簡単に線形常微分方程式が解けたりなど
様々な応用があることが分かってその奥深さに面白さを感じました。

2次関数を平行移動したりすることは今でも高校で習うと思いますが、
一方、行列を使えば、図形を回転させた時にそれがどのように移るか?
ということも調べることができます。
なので、これからの講義を聞いた後であれば、
例えば、$y=x^2$ という2次関数を30度回転させたときに
図形がどのような方程式を満たすかなど計算できるようになります。

今日は、行列の四則演算について学びますが、
今日以降の学習のどこかで、図形を変形させる変換として考え
たりもします。
そのような変換のことを一次変換といいます。

行列を使うことによって、図形を拡大させたり、回転させたり、
相似拡大をしたりするのも一次変換です。
また、ある方向に歪ませたりする操作、
たとえば、正方形を平行四辺形に歪ませるようなことですが、
これも一次変換です。
これらの変換を組み合わせたり、合成したりしたものも一次変換です。
(実は逆に、行列とは、上のような操作を合成したものと考えることもできるのですが
それはどこかでおいおいと...)

どのように変換するかを記述するために行列が必要となります。

今回は行列についての最初の基本的な知識についてです。
全体で7つに分かれています。
では、はじめていきましょう。

Part 1: 行列の定義、行列の成分

行列とは縦に $m$ 個、横に $n$ 個だけ長方形状に数を並べたものをいいます。
そのような行列のことを$m$ 行 $n$ 列の行列といったり、
$m\times n$ 行列といったり、$(m,n)$ 行列と言ったりします。
下の例では、縦に3 個、横に4個の数を長方形の形に並べたものですから、
$(3,4)$ 行列の例です。

$$\begin{pmatrix}1&2&3&4\\5&6&7&8\\9&10&11&12\end{pmatrix}$$

このとき、第1行目とは、
$$\begin{pmatrix}1&2&3&4\end{pmatrix}$$
をさし、
第2行目とは、
$$\begin{pmatrix}5&6&7&8\end{pmatrix}$$
のことをさします。第 $3$ 行目はも同様に考えれば
もうわかりますね。

また、第1列目といえば、
$$\begin{pmatrix}1\\5\\9\end{pmatrix}$$
のことであり、第3列目といえば、
$$\begin{pmatrix}3\\7\\11\end{pmatrix}$$
のことを指します。
このように、といえば、横に並んだ数のことをいい、
といえば、縦に並んだ数のことをいいます。

また、とりわけ、$m=n$ のときは、正方形的に数が並ぶため、
正方行列といいます。この場合、$n$ 次正方行列ともいいます。

行列に並んでいる、$mn$ 個のそれぞれの数のことを成分と言います。
$m$ 行 $n$ 列の行列の場合、上から数えて $i$ 番目、左から数えて
$j$ 番目にいる成分を、$(i,j)$ 成分といいます。

例えば、上の $3\times 4$ 行列の $(1,3)$ 成分は $3$ ということになります。
同じように考えることで、$(3,4)$ 成分は、$12$ということになります。

まずは、このような言い方に慣れてください。
例えば、以下はうちにある衣装ケースですが、これは、$3\times 2$ 行列
と考えられます。
黄色いシールは成分の名前(例えば $(1,2)$ を書いており、貼り付けています。
あなたのうちにもこのようなケースやタンスがあれば、一つ一つ指をさして、
ここが、$(1,2)$ 成分、ここが、$(2,3)$ 成分などと確認しながら
言ってみるのもよいでしょう。

また、$A$ という行列の $(i,j)$ 成分を $a_{ij}$ のように書くことがあります。
$3\times 4$ 行列の場合、

$$\begin{pmatrix}a_{11}&a_{12}&a_{13}&a_{14}\\a_{21}&a_{22}&a_{23}&a_{24}\\a_{31}&a_{32}&a_{33}&a_{34}\end{pmatrix}$$
となります。この並びを見ながら、2つの数字の組み合わせ $(i,j)$ がどのように
移り変わっているかを追ってみると、数え方がわかるようになるかもしれません。
このような行列 $A$ を、$(a_{ij})$ のように書くことがあります。

Part 2: 行列の略記、行列全体の集合
さきほど、最後に書いたように、$A$ の $(i,j)$ 成分が $a_{ij}$ となる行列
を $(a_{ij})$ のように書きました。

他の書き方として、$(a_{ij})_{1\le i,j\le n}$ のように書くこともあります。
また、$i$ と $j$ の間にコンマを入れて、$a_{i,j}$ のように書くこともあります。
これは、例えば、$a_{121}$ と書いてしまったとき、$(12,1)$ 成分なのか、$(1,21)$ 成分なのかわからないからですが、数字が2つまでしか並ばないのなら
コンマはなくてもわかります。

また、$n=1$ のとき、$m\times 1$ 行列は、縦に並んだ一直線の行列
$$\begin{pmatrix}a_{11}\\\vdots\\a_{m1}\end{pmatrix}$$
ですが、このような行列をベクトルということがあります。
とりわけ、この場合は縦ベクトルといいます。

また、$m=1$ のとき、$1\times n$ 行列とは、横に並んだベクトル
$$\begin{pmatrix}a_{11}&\cdots&a_{1n}\end{pmatrix}$$ 
を表すことになります。
こちらは横ベクトルともいいます。

また、普通の数 $1$ や $\sqrt{2}$ なども、カッコをつけて、
$(1)$ や $(\sqrt{2})$ のように表しておくことで $(1,1)$ 行列ということもあります。
この場合、カッコをつけているだけで、実数を考えていることと
何ら変わりはありません。

$(m,n)$ 行列を全て集めることで、集合を作ることができます。
この集合、つまり、
$$\{A|A\text{ は全ての成分が実数となる $m\times n$ 行列}\}$$
を $M(m,n,{\mathbb R})$ と書きます。成分が全て実数の行列の集合ですのでこのように
書きますが、成分が複素数であれば、${\mathbb C}$ を用いて、$M(m,n,{\mathbb C})$
となります。
正方行列の場合は、$M(n,n,{\mathbb R})$ のように $n$ を2回続けて書く必要もない
と感ずれば、$M(n,{\mathbb R})$ と書くこともあります。

Part 3: 行列の相等・行列の加法、零行列
次に、行列の四則演算について行います。
これ以降、行列の成分は全て実数として扱います。
複素数や他の数体を用いてもよいですが、本質的には違いはありません。

実数の次の四則演算(加法、減法、乗法、除法)を思い出しましょう。
四則演算とは、
$$a+b,\ a-b,\ a\times b,\ a\div b$$
のことでした。これらの法則は、
$a+b=b+a$  (加法の交換法則)
$(a+b)+c=a+(b+c)$ (分配法則)
$a\times (b+c)=a\times b+a\times c$ (加法の結合法則)
を満たします。

また、実数 $0$ は、$0+a=a+0=a$ などの性質を満たします。
このような性質をもつ $0$ のことを零元もしくは加法の単位元と言います。
そのような単位元が存在することを、加法の単位元の存在といいます。

また、実数 $a$ に対して、 $-a$ とは、$a+(-a)=0$ を満たす実数を表します。
たとえば、$a=3$ に対しては、$-a$ とは、$3$ のことを表し、
$a=-2$ に対して、$-a=2$ とし、$a=0$ に対しては、$-a=0$ とすると、
上の関係 $a+(-a)=0$ が成り立ちます。
$a$ に対して、$-a$ が存在することになりますが、
$a$ に対する $-a$ のことを $a$ の逆元といいます。
このように各 $a$ に対して $-a$ が存在することを 加法の逆元の存在
といいます。

今、$A,B\in M(m,n,{\mathbb R})$ に対して、$A$ と $B$ の加法を定義します。
$A=(a_{ij})$ と $B=(b_{ij})$ とします。
この記号は、$(i,j)$ 成分がそれぞれ、$a_{ij}$ であり、$b_{ij}$ となる
行列ということでした。
このとき、$(m,n)$ 行列 $A+B$ を $(a_{ij}+b_{ij})$ と定義します。

つまり、成分ごとに和を取るということです。
例えば、
$$A=\begin{pmatrix}1&2&3\\4&5&6\end{pmatrix},\ B=\begin{pmatrix}7&8&9\\10&11&12\end{pmatrix}$$
とすると、
$$A+B=\begin{pmatrix}1+7&2+8&3+9\\4+10&5+11&6+12\end{pmatrix}$$
$$=\begin{pmatrix}8&10&12\\14&16&18\end{pmatrix}$$
となります。

このような成分同士足して得られる和は、ベクトルと同じですね。
2つのベクトル $(a,b,c)$ と $(d,e,f)$ の和は、$(a+d,b+e,c+f)$ のように
成分同士たすのでした。

つまり、行列は、$mn$ 個の実数の集まりをあたかもベクトルだと思って
和をとったものが行列の和ということになります。
ですので、2つの行列の和ができるためには、
その行列の2つのサイズが一致していないといけません
つまり、$A,B$ がどちらも $m\times n$ 行列でないと、$A+B$ ができません。

上でいう、実数は加法の単位元が存在することから、
行列も加法の逆元が存在します。
全ての成分が0になる行列を

$$O=\begin{pmatrix}0&0&\cdots& 0\\\cdots &\cdots&\cdots&\cdots \\0&0&\cdots  &0\end{pmatrix}$$
として定義してやると、これは、ベクトルでいう零ベクトルであることに対応し、
$A+O=O+A=A$ が成り立ちます。
この行列のことを $O$ と零行列といいます。
このように単に $O$ として書くと、サイズがどのような零行列かわからないと思う
かもしれませんが、$A$ と同じサイズの全ての成分が $0$ の行列ということになります。
ややこしくなる場合なら、$O_{m,n}$ のように、しておけば、$(m,n)$ 行列の
零行列とするのが良いかもしれません。

また、$A\in M(m,n,{\mathbb R})$ に対して、$-A$ を全ての成分が$A$ の成分の
マイナス1倍として定義しておきます。
つまり、$A=(a_{ij})$ としたときに、$-A$ を $(-a_{ij})$ として定義するのです。
このとき、成分同士の和をとることで、$A+(-A)=O$ が成り立ちます。

このようにすると、実数の加法、減法について以下が成り立つことがわかりました。

$A+B=B+A$, 
$A+(B+C)=(A+B)+C$, 
$A+O=O+A=A$,
$A+(-A)=O$

また、行列の相等というのは、2つの行列が等しい時はいつか?
という問題ですが、$A=(a_{ij})$ と$B=(b_{ij})$ が
等しいということは、各成分が等しいということ、
つまり、任意の $i,j$ に対して、$a_{ij}=b_{ij}$ が成り立つこと
として定義します。

Part 4: 行列の乗法
次に行列の乗法について説明をします。
ベクトルには、行列の加法と乗法がありましたが、乗法は
ありませんでした。
しかし、行列には乗法を考えることができます。
ただし、しかるべき条件が必要です。

$A\in M(m,n,{\mathbb R})$ と、$B\in M(n,k,{\mathbb R})$ に対して、
その積 $A\cdot B$ を定義することができます。
この積を表すドット $\cdot$  は以下しばしば省略されることがあります。

ここで、$A$ の列の数と $B$ の行の数が一致していることが条件です。
ここで得られる $A\cdot B=C$ は、$(m,k)$ 行列とになります。
丁度、2つの行列のサイズでかぶっていた $n$ が消去されて、
$C$ の行数は $A$ の行数であり、$C$ の列数は $B$ の列数となります。

$(m,n)$ 行列 $A$ と $(n,k)$ 行列 $B$ に対して、$(m,k)$ 行列
$C=A\cdot B$ の、$(i,j)$ 成分を
$$\sum_{p=1}^na_{ip}b_{pj}$$
として定義します。つまり、公式として書くならば
$$C=(\sum_{p=1}^na_{ip}b_{pj})$$
ということになります。

積の公式はこれですが、実際理解するには、何回か
積の練習をする必要があります。

例えば、$m=n=k=3$ の時を考えてみましょう。

$A=(a_{ij})$ とし、$B=(b_{ij})$ とします。
このとき、
$$C=A\cdot B=\begin{pmatrix}a_{11}&a_{12}&a_{13}\\a_{21}&a_{22}&a_{23}\\a_{31}&a_{32}&a_{33}\end{pmatrix}\begin{pmatrix}b_{11}&b_{12}&b_{13}\\b_{21}&b_{22}&b_{23}\\b_{31}&b_{32}&b_{33}\end{pmatrix}$$
を計算します。
$C$ もまた、$(3,3)$ 行列となるのですが、
その、$(i,j)$ 成分がどのようになるかをみてみましょう。

例えば、$(1,2)$ 成分ですが、 $A$ の第1行目、 $B$ の第2列目をとります。
それぞれ $\begin{pmatrix}a_{11}&a_{12}&a_{13}\end{pmatrix}$ と$\begin{pmatrix}b_{21}\\b_{22}\\b_{23}\end{pmatrix}$ となりますが、
これらの内積を考えます。
つまり、対応する成分同士の積をとり、足し上げるのです。
結果的に、
$$a_{11}b_{21}+a_{12}b_{22}+a_{13}b_{32}$$
となります。
これが、$C$ の $(1,2)$ 成分となります。
同じように続けます。
他にも、例えば、$C$ の $(2,3)$ 成分を計算するには、
$A$ の第2行目と $B$ の第3列目をとります。
このとき、それぞれ $\begin{pmatrix}a_{21}&a_{22}&a_{23}\end{pmatrix}$ と $\begin{pmatrix}b_{13}\\b_{23}\\b_{33}\end{pmatrix}$ となりますが、
この対応する成分同士の積を考えてそれらを全て足すと、
$C$ の第 $(2,3)$ 成分は、
$$a_{21}b_{13}+a_{22}b_{23}+a_{23}b_{33}$$
となります。つまり、$(i,j)$ 成分は、
$$a_{i1}b_{1j}+a_{i2}b_{2j}+ a_{i3}b_{3j}=\sum_{k=1}^3a_{ik}b_{kj}$$
となるわけです。

講義の方にも、教科書の方でも問題がいくつかあるので自分で練習してみてください。

例えば、

$$\begin{pmatrix}1&2&-1\\2&-4&3\end{pmatrix}\begin{pmatrix}3&2\\3&4\\2&3\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}7&7\\0&-3\end{pmatrix}$$

などとなります。この計算も自分で確かめてみてください。

また、この行列の積の順番を入れ替えたとき、

$$\begin{pmatrix}3&2\\3&4\\2&3\end{pmatrix}\begin{pmatrix}1&2&-1\\2&-4&3\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}7&-2&3\\11&-10&9\\8&-8&7\end{pmatrix}$$

となります。この例から分かる通り、積に関して $AB=BA$ が成り立ちません。
そもそも行列のサイズさえ合っていません。

通常の実数は積は入れ替えても答えは同じですからそのことを
実数の積は可換であるといいます。
可換ではないような積をもつ場合は非可換といいます。
上で見た通り、行列の積は非可換です。

しかし、その理由が行列のサイズの問題だけであるとすれば、
行も列の一致している正方行列のときを考えるとどうでしょうか?

ところが、たとえ、$A,B$ が正方行列であっても可換ではありません。
例えば、
$A=\begin{pmatrix}1&1\\0&1\end{pmatrix},\ B=\begin{pmatrix}1&0\\1&1\end{pmatrix}$
とすると、
$$AB=\begin{pmatrix}2&1\\1&1\end{pmatrix}$$
$$BA=\begin{pmatrix}1&1\\1&2\end{pmatrix}$$

となり、やはり、$AB\neq BA$ となります。
よって、正方行列だけに制限したとしても、行列は積に関して非可換である
ということになります。

しかし、全ての $A,B$ に対していつでも $AB\neq BA$ というわけではありません。
たとえば、次のような例を

$A=\begin{pmatrix}1&2\\2&1\end{pmatrix}$
$B=\begin{pmatrix}1&-1\\-1&1\end{pmatrix}$ とすると
$$AB=BA=\begin{pmatrix}-1&1\\1&-1\end{pmatrix}$$
となり、この場合は2つの行列は可換となります。

ある積の演算を持った集合(例えば整数や実数や正方行列など)
が積において可換であるというのは、
そのような集合の全ての元 $A,B$ に対していつでも可換、つまり $AB=BA$ を
満たさなければならないということに注意してください。

非可換であるということは、つまり可換を否定しているワケだから、
最初の論理の時にもやりましたが、
一つでも非可換な $A,B$ があれば、その集合は非可換であるということになります。
なので、上で非可換な $A,B$ の例を挙げたことから、
行列 $M(2,{\mathbb R})$ は非可換な積をもつ集合であるということになります。
実際、$n>1$ であれば、$M(n,{\mathbb R})$ は可換ではありません。

Part 5: 行列の結合法則、分配法則
行列は、実数の加法の性質から、自然に行列の加法に関するいくつかの法則が
導かれました。
加法の可換性や、加法の結合法則や加法の単位元の存在などです。

今、上で行列の積を定義しましたが、実数の積の法則で、
行列の積でも同じ法則が成り立つ部分がありますのでそれを説明しておきます。

上では実数では成り立つ、積の可換性は行列では成り立たない
ことも示しました。
それ以外の法則をみてみますと、

$a,b,c$ を実数とするとき、
$(ab)c=a(bc)$ (積の結合法則)
$(a+b)c=ac+bc$ (分配法則1)
$a(b+c)=ab+ac$ (分配法則2)
が成り立ちますが、実は、行列でも、

$A\in M(m,n,{\mathbb R})$ かつ $B\in M(n,l,{\mathbb R})$ かつ $C\in M(l,p,{\mathbb R})$  であるとすると、
$A(BC)=(AB)C$ (積の結合法則)

$A,B\in M(m,n,{\mathbb R})$ かつ $C\in M(n,l,{\mathbb R})$ であるとすると、
$(A+B)C=AC+BC$ (分配法則1)
が成り立ちます。

$A\in M(m,n,{\mathbb R})$ かつ $B,C\in M(n,l,{\mathbb R})$ であるとすると、
$A(B+C)=AB+AC$ (分配法則2)
が成り立ちます。

この証明はそれぞれに行うことができますが、とりあえず
最初の結合法則だけ証明しておきます。
基本的に、実数の場合の証明がそのまま受け継がれるというものです。

$A=(a_{ij})\in M(m,n,{\mathbb R}),\ B=(b_{ij})\in M(n,l,{\mathbb R}),\ C=(c_{ij})\in M(l,p,{\mathbb R})$ とします。
このとき、

$$A(BC)=(a_{ij})(\sum_{k=1}^lb_{ik}c_{kj})=(\sum_{q=1}^na_{iq}\sum_{k=1}^lb_{qk}c_{kj})$$
$$=(\sum_{q=1}^n\sum_{k=1}^la_{iq}b_{qk}c_{kj})=(\sum_{q=1}^na_{iq}b_{qk}\sum_{k=1}^lc_{kj})$$
$$=(\sum_{q=1}^na_{iq}b_{qj})(c_{ij})=((a_{ij})(b_{ij}))(c_{ij})$$
$$=(AB)C$$
となります。

Part 6:  行列の分配法則の証明
分配法則について証明しておきます。
ここでは、分配法則の2について示しておきます。
講義の方では1の方を示しています。

$A\in M(m,n,{\mathbb R})$ かつ $B,C\in M(n,l,{\mathbb R})$ であるとき、
$A(B+C)=AB+AC$
を示します。

$A=(a_{ij})$, $B=(b_{ij})$, $C=(c_{ij})$ とします。
$$A(B+C)=A(b_{ij}+c_{ij})=(\sum_{k=1}^na_{ik}(b_{kj}+c_{kj}))$$
$$=(\sum_{k=1}^na_{ik}b_{kj}+\sum_{k=1}^na_{ik}c_{kj})$$
$$=(\sum_{k=1}^na_{ik}b_{kj})+(\sum_{k=1}^na_{ik}b_{kj})$$
$$=AB+AC$$
となります。

これらの証明を読む時に気をつけて欲しいことは、
なんとなく読み飛ばすのではなく、一つ一つ何を適用したのかを
考えていくことが大切です。
一つ一つのステップは、実数の演算の法則や行列の和や積の定義や
単なる並び替えなどしか使っていません。

Part 7: 行列の転置
$(m,n)$ 行列 $A=(a_{ij})$ に対して、$(i,j)$ 成分を、$A$ の $(j,i)$ 成分 $a_{ji}$
であるような行列 $(a_{ji})$ をその転置行列といい、 $^tA$ (もしくは $A^T$) と書きます。

このとき、転置行列 $^tA$ は $(n,m)$ 行列になります。

例えば、$A=\begin{pmatrix}1&2&3\\4&5&6\end{pmatrix}$ ならば、
$^tA=\begin{pmatrix}1&4\\2&5\\3&6\end{pmatrix}$
となります。